Epi10 性にオープンな子だった

 俺の母さんに対してはっきり言ったらしい。「自己肯定感を持てず自信すら失い、そのせいで学校でも友達を作れず、趣味を貶されどれだけ本人が傷付いたか」と。

 親としてあり得ないとも言ったらしい。子どもを育てる気概の無い大人の下に俺を置いておくと、将来性のすべてを潰されてしまい、まともに育たなくなるから、そんな親元に置いておけるわけがないと言い切ったそうだ。


『気分悪くしたみたいだったけど、その反応から見ると少しは理解したみたいだね』


 あとは俺が決めればいいのだとか。

 言うことは言ったし、それでも尚、俺とまともに向き合わないなら、その時はそんな家出て明穂の下へ来ればいいと言っていた。

 いつでも受け入れると明穂の両親も確約している。だから遠慮する必要もない。

 なぜ、俺を迎える気になったのか、と言えば、俺の母さんや妹の存在があって、それを明穂の両親に説明したらしい。

 結果、看過し得ないとして引き取る意志を見せたのだそうだ。


「なんか、明穂には敵わないな」

『別に大貴だからなんとかしたかっただけだよ。他の男子ならそんなの放置だし』


 そして明穂から『あたしが大貴を本気で好きなの、理解した?』と問われた。

 その理由は相変わらず不明だけど、本気の度合いだけは確実に伝わってる。どうでもいい他人を家に入れるなんてあり得ない。『でね、体の関係も全然気にしなくていいから。いつでもオーケーだし大貴次第だから』とここでもアピールされました。

 鼻血噴き出しそうだけど、でも、いずれはそんな関係になるんだろう。


「明穂」

『なに?』

「ありがとう」

『なんかくすぐったいなあ』


 電話を切って少し考える。

 母さんが豹変した理由を知ったけど、それでも陽和は変わらないだろう。いつ頃からか完全に俺を見下して自分が上だと認識してしまった。兄として見ることも無いだろうし、元より母さんと違い兄妹愛なんて無いんだから。


 翌朝、なんだか顔を合わせる気になれない俺は、朝食を抜きにしてさっさと家を出た。腹も減るけどそれ以上に母さんも、陽和の顔も見たくないってのがある。急に手の平返されても気持ち悪いだけだし。なんか行く途中でパンでも買って行くかと思う。あ、弁当も持ってきてないや。


 学校最寄り駅の改札を出ると明穂が待っていた。


「おはよ」


 本来なら俺なんかが付き合っていい存在じゃないと思う。もっと相応しい男が居るはずなんだけどな。なんて考えてたら腹が鳴った。


「大貴、朝ご飯は?」

「食べてない」

「じゃあさ、明日からあたしがお弁当持ってきてあげる。朝と昼の分」

「それじゃ悪いよ」


 理由は聞かない。でもわかってるんだろう。

 弁当すら持ってきてないことも。つまり家族の誰とも顔を合わせず家を出ている。


「気にしなくていいんだって。大貴はあたしの家族で夫になるんだよ。もっと胸張って飯作って来いとか言っていいんだから」

「まだ決まった訳じゃないし」

「大貴の腹ひとつなんだけどな」


 せめて十八歳になるまでは待って欲しい。


「あ、そうだ。お愉しみも遠慮要らないからね」


 それを言われると下半身がヤバくなるんです。


「今日は我慢してる?」

「学校だから」

「反応いいとね、あたしも欲しくなるんだけどな」


 もう返答不能。すべてに積極的で躊躇いが無いって言うか、頭の中身を見てみたいレベル。

 とりあえずコンビニに寄ってパンを買った。昼の分もまとめて飼っておいた。


「これじゃ栄養バランス悪いよね。明日から心配要らないからね」

「でも、なんか悪い気が」

「だから、遠慮要らないってば。お弁当もあたしの体も」

「あ、いや、前半はともかく後半は」


 もう少し照れて欲しい。俺ばっかりが照れて恥ずかしいし。


 学校に到着すると各々の教室へ行く。俺に向かって笑顔で手を振る明穂だった。

 周りの生徒たちが不思議そうに見てるんだよね。なんで校内でもトップクラスの女子が、校内で一番冴えない奴と接触してるのかって、たぶん疑問だらけだろうな。

 ラブコメじゃあるまいし。こんなことは普通無いんだけど。


 放課後になると教室まで迎えに来た。

 そうなると他の生徒が何事かと集まってくる。


「浅尾。三菅さんと、まさかないとは思うけど、付き合ってたりしないよな?」

「鬼の霍乱か? この世の終わりか?」

「三菅さんが最底辺と付き合ってる? あり得ない。俺の方が断然上だろ」

「なんでこんな底辺に声掛けるんだよ」


 散々だな。でもその評価は決して間違いじゃない。なにしろ自分が一番不思議なのだから。

 それでも明穂はその手の雑音を意に介さず、俺の手を取って教室を後にする。

 生徒たちの悲鳴が聞こえるが、それもすぐに遠ざかって行く。


「みんな失礼だよね。大貴は底辺なんかじゃ無いんだけどね」

「でも」

「でももなにも、まずそこの認識を改めないと」


 明穂曰く、「あたしが本気で好きになった相手なんだから、もっと自信持って堂々とすればいい」などと言っている。ちょっと怒り気味の横顔が可愛い。

 校内ですれ違う度にこっちを見る奴も多い。大半の生徒は口が半開きになって、驚きを隠せないようだ。なにしろ、俺の手と明穂の手はしっかり握られているのだから。それを見た生徒はびっくり仰天だろうな。


 駅まで行く最中も勿論、明穂の腕は俺に絡まり手は恋人繋ぎが定着した。


「みんなにしっかり認知してもらうから」

「いや、無理にそんなことしなくても」

「だめ。あたしの生涯の相手は大貴だって、知らしめてやるんだからね」


 なんか意地になって無い?

 それと、胸、押し付けすぎ! ヤバいんだってば!

 腕を振り解いてしゃがみ込んだら、明穂が「なに急に? どうしたの?」と俺を見てちょっと驚いてる。


「あの、少し休憩を」


 気付いたようで俺の目の前にしゃがみ込んできた。それはいいんだけど、視界にどえらいものが入ってくるんですが。


「明穂、見えてる」

「見せてるんだけど」

「それじゃ鎮まるものも鎮まらないってば」

「眼福だと思うけどなあ」


 確かにそうだけど、今は鎮めたい。これじゃ歩けないんだってば。

 もう、この人、もう少し恥じらいを持って欲しい。


「鎮まった?」

「まだ」

「もう少し時間掛かるのかなあ」

「だって、隠さないんだもん」


 さっきから丸見えなんだって。見えてると視線を逸らすのが難しい。どうしても吸い寄せられるから。と言ったら、「仕方ないなあ」って言いながら、スカート直して見えにくくなった。


「じゃあ、今度家に行ったら見せてあげる。この前はあたしだけ楽しんじゃったから」

「だから……」


 そういうことを言われると元気になっちゃうんだってば。

 余計な妄想が絡んでくるから。


 無事に収まって再び駅に向かって歩き、そこで別れるんだけど去り際に「一緒に住みたい」と言い出した。


「まだ無理だってば」

「なんで? うちは全然問題無いよ? どこに無理な要素があるの?」

「えっと、まだ十七歳だし未成年だし」

「婚約しちゃえば関係ないよ」


 俺の両親、主に母さんの「了承なんて取る必要ない」、とか言ってるし。本気で親をやってるなら、もっとちゃんと見てあげるのが普通だって。

 言ってることは間違ってないとは思うけど、もっと本質的な部分。明穂と一緒の生活になったら、俺は歯止めが利かなくなりそうだ。猿の如く明穂を求めちゃいそうで怖い。もっと免疫ができて落ち着いたらの話だよ。


 家に帰ると陽和と出くわしたけど、堂々と廊下の真ん中に居て邪魔。横をすり抜けようとして肩がぶつかり、陽和が姿勢を崩したみたいだけど、どうでもいい。

 そのまま無視して部屋に入ろうとしたら。


「ぶつかっといてシカトかよ」


 お前が邪魔してるからだ。自分の行動を顧みずにこっちに責任を求めるなんて、もうやってることがチンピラやくざと一緒だ。

 陽和を見ることもなく部屋に入った。すかさずドアを叩く、いや蹴るような感じでドアの下から音が聞こえる。

 マジでドアを蹴飛ばしてるのか? なんか、明穂の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。煩いけど無視だ無視。一方的な物言いなんていちいち聞く理由もない。

 暫く放置してたら静かになったみたいだ。母さんが甘やかしたから陽和ががさつになったんだよ。

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