Epi9 積極的過ぎてヤバい
予約入りました。
近い将来ではあっても、明穂の強引さに負けてしまい、いやいや、期待はもちろんしている訳で同意してしまった。でも、具体的になにをどうすればいいのか、そんなの知る訳が無いし、明穂にお任せってのも沽券に関わりそうで、自分なりに勉強しておいた方がいいのかも、とか思ってたら。
「自然体でいいんだよ」
見透かされてる気がした。
「お互い未経験なんだから無理はしない。少しずつ気遣いながらでいいんだから」
だそうです。
「それでね、土日は大貴の家で創作活動に励もうと思う」
うん、わかってました。いつまでも下の話に固執する人じゃないし、それはそれ、これはこれで切り替えも早いって。
「えっと、毎回来るの?」
「行っちゃ駄目なの?」
そうじゃなくて、毎回土日にうちへ来るのも大変だろうし、俺の方から行ってもいいんだけど。と、説明したら。
「パソコン持参する気なの?」
いわゆる弁えているって奴か。俺のパソコンでサイトにアクセスすることが前提で、明穂のパソコンから俺のマイページにアクセスするのは違うのだと。
執筆のメインは俺。明穂はあくまでアドバイザー的立ち位置で居るらしい。
俺のパソコンってノートタイプじゃ無いんだよね。デスクトップだから持ち運びはちょっと無理。だからうちでやるんだって。
「なんか悪い気がするけど」
「なんで? あたしは大貴の家に行けるから、楽しみしか無いんだけど」
ノートパソコンなら持ち運びできるのに、と、この時だけは少し後悔。買ってくれ、なんて言っても絶対無理だろうし、自力でバイトでも何でもして、買うしか無いんだろうな。
なんでそんなことを考えるのかと言えば、毎回見送りするのが俺。一人で家に帰すのもなんか悪いなって思うから。
それも説明したら。
「気遣いは嬉しいけど、だったら早く仕上げてくれれば、あたしの家に来て貰えるようになるじゃん」
だそうです。
共同作業なら完成度も高められるだろうし、なにより誤字脱字のチェックも有効に働き、誤用なんかも都度指摘できるとか。優秀なブレーンが居てくれれば、確かに創作の上で頼りになりそうだなって。
「二人の愛がなせる共同作業だよ。なんか萌えない?」
「えーっと……」
「萌えるよね?」
「はい……」
それでですね、明穂の手なんですが、まだそこにあるんです。もういつ暴発してもおかしくありません。かと言ってその手を払う気にもなれず、成すがままの状態。
「あ、そうだ。夕飯食べてく?」
また話題が切り替わりました。
「迷惑じゃ無ければ」
「迷惑な訳無いじゃん。もう大貴はうちの家族同然なんだよ」
気が早過ぎ。今日挨拶してすぐに家族同然って、普通ならあり得ないでしょ。
「それとねえ」
少し言い淀む感じがしたけど、徐に話始める内容に飛びました。
「あれ?」
「あの、トイレ貸して」
「うん」
なにを言われたかって? まあ、明穂らしいと言えばいいのか、「男の子なのに女の子の体に興味無いの?」だそうで。「遠慮要らないんだから興味のある場所、全部見たり触ってみればいいのに」、と積極的過ぎて頭がくらくらして噴き出してしまった。結果、鼻にはティッシュを詰め込み、トイレで後処理をすることに。
無自覚に振り回してくる明穂に慣れるには、まだしばらく時間が掛かりそうだった。
その後、夕飯をご馳走になるんだけど、明穂の両親が居る前での食事は、緊張し過ぎて味がしなかったのは言うまでもない。「緊張しなくていいのに」と言われたものの、娘を騙して奪い取った不届きもの、だと自分で思ってるから引け目を感じるわけで。
ついでにさっきの一件もあって、後ろめたさが半端ない。
夕食を済ませ家に帰ることに。
「じゃあ、来週から入り浸りだからね」
なにを言おうとこの決定は覆ることはない。来ると言えば必ず来るのだろう。
家で一人部屋に篭ってるよりいいんだけど。母さんとか妹に鼻で笑われずに済むし。
「あ、それでね、ひとついいかな?」
「なに?」
「大貴の家には午後三時まで、そのあとはうちに来てくれる?」
つまり俺が見送りしなくて済む。ん?
「えっと」
「大貴があたしのことを心配する必要なくなるし、あたしは夕飯をご馳走してあげられる。一石二鳥だと思わない?」
話を聞く限りでは、俺の家族は家族とは言い難い程に、息子をあまりにも邪険にし過ぎてて見るに堪えないし、あの家に置いておきたくない、ってのが本音らしい。
俺の腹が据わればここで一緒に生活したいのもあるらしく、早くあの家から出て欲しいってのが本音だとか。
とは言え、母さんのあの言葉が本心なら、そこまで酷い訳じゃないみたいだけど。じゃあ、信用できるかと言えば、今までが今までだからね、信用できるわけない。
「一応考えておくけど、俺がその分しっかりしないと、明穂の両親に叩き出されると思う」
「大丈夫だと思うけどなあ」
帰りの道すがらそんな会話を交わしつつ、駅まで向かい改札前で名残惜しむ感じで、手を振る明穂が居た。なんか改札潜り抜けて付いて来たそうだったし。そこまで俺に執心する理由が、小説に感動したからってのは、今も納得してない。
本人がそう言うからそうなんだと思うことにしてるだけで。
あ、帰りも当然だけど腕組んで手は恋人繋ぎだった。
明穂の部屋の一件があったにも関わらず、やっぱ歩き辛い状態だったけど。
「何度でも大丈夫そうだね」
「えっと、それは、追及しないで欲しい」
「いいじゃん。今の内から一日一回こっきりなんて、逆に将来心配になっちゃうよ」
なんと言うか明け透けな性格なのか、性に対してオープンと言うか。
家に帰るとさっさと自分の部屋に篭る。
リビングには母さんと妹の気配がしたから、一切近付くこともなく無言で自室に。
スマホがブーブー言ってて見ると明穂から着信があった。
『部活でも見返してあげようよ。部員もみんななんか大貴のこと、バカにしてるみたいだし、あたしが協力するから』
なんでもあり。
もう、俺を引き上げるためには手段を選ばない感じ。そこまで肩入れして見返すに至らなかったら、きっと凄く幻滅するんじゃないだろうか。
だから、そこまでしなくても、と返事したら『やるんだよ。大貴はあたしに相応しいと思ってないでしょ。だったら相応しくあればいいだけ。そのためにできることはなんでもする』だそうで。
『いつまでも後ろ向きで考えず、少しずつ前に進もうよ』
やっぱり学年五位辺りの人は考えることが違う。
すべきことが見えてるんだろうな。だからそれに向かって努力できる。俺とはやっぱ雲泥の差がある。そう考えると俺なんかにはほんともったいない。
なんで俺なんだろ?
部屋のドアがノックされた。荒っぽい叩き方じゃないから母さんか?
シカトしてたらまたノックされて、仕方なくドアを少しだけ開けて、目線だけをドアの向こう側に送ると。
「帰ってたなら声掛ければいいのに」
どうせ無視する癖に。
ドアを閉めようとしたら「あのね、昨日言ったこと、信じられないかもしれないけど、こんなんでも母親なんだから、気にするし心配もするし、大切なのは陽和と同じなんだからね」と言い訳がましくなにやら言っていた。
で、無言でドアを閉じても暫くはそこに居たみたいだった。
明穂が来ただけでここまで豹変するのも変だな。
彼女ができた、それ自体に驚くのはわかる。でも、その後の豹変ぶりはなにかおかしい。もしかして明穂が手を回した? 俺の知らないところでなにかやったんだろうか。
確認してみるしかないな。
さっき切ったばっかりだから、まだ大丈夫だろう。明穂に電話してみた。
「ちょっと確認なんだけど今いいかな?」
『いいけど、どうしたの?』
「俺の母さんが豹変してるんだけど、なにかあったか、それともなにか言った?」
暫し無言。
で、やっぱりと言うかいつの間にと言うか。
『少し席外したでしょ?』
「うん」
『その時に大貴を貰い受けるからってことと、そこに置いておけないから、すぐにでも生活拠点を移すからって言った。親権は移せないけど大貴の家には絶対に帰さない、って』
なんか明穂がすご過ぎて言葉も出ない。でも本気だったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます