Epi3 恋人関係とは何ぞや
相容れないことってあると思うんです。
三菅さんの追及に嘘を吐いてしまったのは、まあ保身もあるんだけど、あの言い方だと確実に嫌われると思うと言い出せなかった。でも、よく考えたら恋人でもなんでも無いんだから、嫌われたとしても今の関係性を維持できないだけで、俺自身に大きな変化はないはずだよね。
どうせ三菅さんも本気で俺を好きな訳無いし、揶揄って楽しんでるだけだろうし。
だったら正直に言えば良かったのかも。絡まれる心配も無いし、キモいとか言われてもまあ、俺なんかはそれが普通だし。
翌日の放課後、三菅さんと一緒に文芸部に行く。
「入部届は?」
「持ってきた。あのね、昨日のあれだけど」
「昨日の?」
「ラノベって言うんだっけ? あの小説とは呼べない代物」
たぶん三菅さんは男性向けのラノベを読んだから、こんなどうしようもないもの、ってイメージを持ったんだと思う。女性向けの作品ならそんなおかしなものは無いはずだし、共感できるものだってあると思う。
「三菅さんが読んだのって、男性向けだよね?」
「明穂って呼んでって言ったと思うけど」
「あ、いや、それはともかく、男性向けの小説を読んでも、共感できないことの方が多いと思う。でも、女性向けの作品もたくさんあるから、それを読んで結論を出して欲しい」
「男性向けとか女性向けって、まるで漫画みたい」
一般的な小説を思い描くとおかしく感じる。でも、そこはコミックやアニメを念頭に置いた作品だから、どうしても男性向けとか女性向けに特化すると思う。
「ラノベの多くはコミカライズされたり、アニメ化されたりしてる。だから、そっちとの親和性の高い作品が多いと思うんだ」
「ふーん。それって漫画の原作ってこと?」
「えっと、そう言って差し支えない部分もあるし、そうじゃない部分もあると思う」
「じゃあ、どれがまともか教えてくれる?」
まともって言われちゃうと、俺もよくわかんないし。
「ちょっと探してみる」
「探さないと無いんだ。なんか期待できないね」
これ、無理に読んでもらう必要無いよね? 変にイメージが固まっちゃったら、なに読んでも文句しか出ないと思うし。だったら一般小説を読んだ方がいいんじゃないかな。
「えっと、その、無理に読む必要は無いと思う。むしろ一般小説から紹介するよ」
「そう? だったら読み応えのある奴お願いね」
でも、三菅さんってラノベを読んでみて、小説じゃ無いって思ったんだったら、いろいろ読んでるってこと?
「あの、三菅さん」
「だから明穂だってば」
「いや、それは置いといて。えっと、一般小説って結構読むの?」
「んー。まあ、たぶん小学校の頃から数えれば、五百冊以上は読んだと思う」
意外と読書家でした。
だったらラノベを一段低く見ちゃうのも仕方ないのかも。
「ねえ、なんで明穂って呼んでくれないの?」
「えと、それは」
呼べと言われて呼べるならもっと女子と付き合えてます。
「あたしは大貴って呼んでるんだよ? だったら明穂って呼ばないと」
わかりません。どうしてそうなるのか。
それと、ラブコメで恋愛に発展した理由が不明、そう言ってた気がする。だったら三菅さんもなんで俺なんかにって、そう思っても不思議じゃ無いよね。
「みす――」
「明穂」
「えっと、ラブコメをおかしいって言ってたよね?」
「言った」
自分で矛盾してるとか思わないのだろうか。
「じゃあ、俺を好きだって言うのもおかしくない?」
「なんで?」
「だって恋愛に発展する理由が無いって。だったら俺を好きだって言う理由もないなら、それこそおかしいわけで」
立ち止まって俺を見ても矛盾は解消されないんだけど。
そう言えば部室の前に着いたんだった。
「とりあえず中入って入部届出しちゃおうか」
二人で部室に入ると部員の何人かが驚いた表情になってる。
とは言っても部員は全部で八人しか居ないけど。
「浅尾。そっちの子、見学? 入部?」
「えっと、入部です」
今声を掛けて来たのは部長で先輩。
「へえ、なんて言うか我が部も凄い子が入って来たもんだ」
部長の言ってる意味がわかりません。
「どうやって勧誘したの? 吹奏楽部だったよね?」
「えっとそれは」
「あたしから入りたいって言って、連れて来てもらいました」
「文芸部に? それはある意味僥倖だけど、でも吹奏楽部はいいの?」
二人でやり取りしてるけど、俺はここに至るまで、三菅さんがどんな女子か全く知らずに相手してました。部員がなんで驚いたのか、部長の「凄い子」の意味も。
会話の内容から初めて理解したのは、三菅さんは吹奏楽部でも腕利きの演奏者で、尚且つ成績も二年生で五指に入るほどに優秀だってこと。
ここから得られる結論は、絶対俺をバカにしてるってこと。三菅さんにとって俺なんて塵芥でしかない存在で、適当に揶揄って反応を見て面白がる、その程度の存在だと確信した次第なのです。
これがラブコメ展開ならあり得るけど、三菅さんはその展開を否定していた、という事は俺を好きなはずもなく恋に発展する可能性は皆無。だから、バカにしていると結論を得た訳で。
「どうしたの?」
「えっと、あとで」
三菅さんが俺の様子を見て疑問に感じたようだけど、とりあえず部長が話をしたそうだし、そっちを相手してあげてと言っておいた。
その言葉に従ったのかしっかり部長と話し込んでる。
それ以外にも部員が周りを取り囲んで、どう言う風の吹き回しだとか、吹奏楽部を辞めてまでここに来た理由を、根掘り葉掘り追及されてたけど。
「自分でも小説を書いてみたいと思ったんです」
この言葉で、みんながじゃあ書き方とか教える、と大騒ぎになって既に俺の手を離れた存在になってた。俺はその輪の中に入れるはずもない。
仕方ないから適当に書棚から本を拾って、椅子に腰かけて読む振りをしながら、聞き耳立てるだけに。
なんか、そんな気はなかったし、揶揄われてるとは思ってても、やっぱり悔しい。
「なに読んでるの?」
三菅さんだ。
俺に構わなくてもいいのに。どうせバカにしてるだけで、浮かれるさまを見て腹の底では笑ってるんだろう。
「坊ちゃん」
「それ面白いよね」
まあ、三菅さんなら読んでて当然だよね。
俺の方を少し構ったと思ったら、「浅尾の相手なんてしてないで、小説の書き方教えるから」と部長にさらわれた。
「あとでね」
読んでる振りだから内容なんて頭に入って来ない。
聞き耳立ててると部長が小説の書式の話してる。それに相槌を打つ三菅さんが居て、その周りには小説を書いてる奴らが数人。すっかり勉強会みたいになってて、こんなの今まで見たこともないくらいに楽しそうだ。
部活動が終わる時間の前にひっそり俺は部室を後にした。
なんか、取られたって感じが凄いしてて。でも三菅さんも本気じゃ無いんだから、取られた訳でもない。俺が一方的にそう思ってるだけ。
「はあ……」
溜息しか出ないよ。
十七年生きて来て、もしかしたらなんて、心の奥底ではほんの僅かでも期待してた。でもそれはあっと言う間に打ち砕かれた。
校舎の玄関まで来ると靴を履き替えて、校舎を後にしさっさと駅に向かう。
スマホが鳴ってる。
手に取って見ると三菅さんからだった。今さら何の用だろうか。勝手に帰ったから気分を害した? 落ち込む表情を見て面白がろうと思った? なのに先に帰るなんて、そんなの許されないよとか。たぶんそんな感じなんだろう。
電話に出る気も無かったからマナーモードにした。
駅に着いてもまだなんかぶるぶる言ってるから電源も切った。
「怒ってるのかも」
でも、バカにしたいんだったら、他の人にして欲しい。
俺のメンタルなんてそこまで強靭じゃない。今だって凄く落ち込んでるんだし。
電車に乗って、でも、後を追いかけてきてくれて、「なんで先に帰っちゃうの? なんか悲しくなっちゃったじゃん」とか、そう声を掛けてくれることを、少し期待してたりする自分が凄く嫌だ。
絶対そんなこと無いとわかってるのに。
自宅最寄り駅に着くと車内を見回したりして、どこかに乗ってたりしないかって、まだ期待してたりする。
こんなにも情けない自分が嫌だ。だからモテないんだよ。わかってたことじゃん。
そして盛大な溜息が漏れた。
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