Epi4 遭わずに済むはずがない

 家に帰って自室で着替えを済ませ、落ち込む気分を振り払うべく、パソコンの電源を入れ、いつも通りに小説投稿サイトにアクセスし、続きを書こうとしていたけど。

 なんだか、やっぱり気分が乗らず適当に他の小説を読んでいて、ふと、スマホを見ると。


「マジか」


 着信だけで五十回。メールが三十通。メッセージに至っては百はあった。

 帰宅してからたぶん一時間も経ってない。学校から家までは三十分。ってことは一時間半に満たない間に、これだけ執拗に電話だのメールを送り続けた訳だ。

 とんだストーカーだ。いや、ここまで執念を燃やして俺をバカにしたいのか?

 頼むから止めて欲しい。登校拒否になりそうだから。


 メッセージだのメールだの読む気にもなれない。いや、読みたくない。なにが書かれていてどうしろというのか、それすら知りたくもなかった。

 スマホの電源を落とし見ない。


 夕食の時に母さんも妹も不思議そうな顔をしていた。


「落ち込んでるように見える」

「確かに。バカ兄が落ち込むなんて無いと思ってた」

「バカだけになんにも気にしないって」

「だよね」


 母さんも妹も俺をただのバカだとしか思ってない。ここにも居場所無いんだよね。

 まあ、理由はわかってる。なんでこんな扱いなのか。以前、例の頭の沸いた小説を書いていて、それを妹に読まれてしまい、それ以来すっかり変態バカが定着している。居心地も悪いし毎回食事はさっさと済ませて、すぐ自室に篭るようになった。妹とはまともに会話すらしてないんだよね。


「あ、あれかな? 学校でもバレたとか? あの変態小説」

「だとしたら次はヒッキーでもやる?」

「やりそう。バカだから」


 二人とも俺をネタに楽しそうだ。いや、気味悪がってるとも言える。

 変態染みた小説だってのは否定しない。でも、そういうジャンルを好む層が、一定程度居るのも事実。それを全部変態で片付けるつもりだろうか。

 食欲も落ち気味で半分は残して部屋に戻る。


「こんなに残して勿体無い」

「バカでも悩むんだね」

「自分のバカさ加減に気付いてだったらいいんだけどねえ」


 ひでえ。家族がこれじゃ、三菅さんに知れたりしたら通報されそうだ。


 翌日学校へ行くと校門前で待ち構えてる奴が居た。


「大貴」


 マジでこれ以上俺を貶めないで欲しい。

 無視して校舎に入ろうとしたら。


「なんで?」


 なんでもなにも、俺と三菅さんでは住む世界が違い過ぎる。こんな歪な関係は解消した方がいい。主に三菅さんのためにも。

 で、やっぱり無視して下駄箱で靴を履き替えると、しっかり付いて来て「なんで無視するの? 昨日は電話も出ないしメールも返信ないし、メッセージは既読にすらならないし」とかなんとか言って、纏わり付いて来るけど。


「三菅さん」

「明穂だってば」

「高みから見下ろしてバカにしてるって、そんなにいい気分なの?」


 俺の言葉に固まったか?

 そのまま三菅さんを置いて教室へ向かった。ちょっと言い方が悪かったかもしれないけど、傷付くのは俺だからね。少なくとも三菅さんじゃない。


 放課後になると教室に来たみたいだ。


「大貴」


 呼ばれてるが勿論無視だ。

 だが、周りがそれを許してくれなかった。


「おい、浅尾。呼ばれてんじゃん」

「三菅さんが呼んでるよ。聞こえて無いの?」

「浅尾。早く相手してやれよ」

「用があるんじゃないのか?」


 クラス内の全てが三菅さんの味方なんだよ。俺と比較したらどうしたってそうなる。

 仕方なく三菅さんの前に行くと。


「ねえ、朝のあれ、どう言う意味?」


 廊下に出てできるだけ人気のない場所まで行くと、ちゃんと付いて来る三菅さんだった。


「朝のあれって、バカにしてるって奴?」

「そう」

「俺、三菅さんがどんな人か知らなかった。でも文芸部のみんな知ってて、凄い人なんだって。そんな人が俺と付き合う訳ない。だからバカにしてるって」

「バカにしてるって本当にそう思ってるの?」


 顔を見る気は無かったけど、一瞬目が合った。

 その目に光を反射する雫が流れ落ちて見える。


「だって、俺なんて何の取り柄もない最底辺な奴だよ。それにさ、ラブコメの展開なんてあり得ないって、三菅さんが言ったじゃん。でも、三菅さんの今の行動ってラブコメそのものじゃん。ってことはさ、ラブコメを楽しんで読んでる俺をバカにしてるって、そう受け取ったんだけど」


 目線を逸らしてそっぽを向いた。

 でも、同時になんだか鼻をすする音が聞こえる。


「自己評価が低過ぎるって言ったよね? あたしは別に自分が凄いなんて思ってない。学校の勉強だって親が煩いからやってるだけ。楽器だって変に期待されて、仕方ないから応えるために、音楽教室に通って技術を身に付けただけ」


 それでも、そうやって期待に応えるだけの才能がある。俺にはそんなもの一切ない。


「大貴、SNSやってるよね?」


 投稿サイトにはSNSをひとつ連動させることができる。そのSNSで自分の小説の宣伝をしたりしてた。頭のおかしい小説が殆どだけど、初めて投稿した小説はまじめに書いた。でも読者は僅かにひとりだけだった。それもコメントも無く連載二十話続けて、最後までPVが一だけ刻まれ続けた。

 つまり、最後まで読み切った読者はひとりだけ。

 え、でも待って。連動してる奴は誰にも知らせてない。


「やっぱそうだ。時々学校のこととか小説以外のことも書いてた。だからもしかしたらって、そう思った」


 えっと、もしかしてもしかしなくても、たったひとりの読者って。


「なんか、変な小説ばっかりだったけど、ひとつだけ、凄く心を打たれたのがあった。それを誰が書いたのか気になって、SNSを全部読んだら、見当ついた」


 俺に当たりを付けたってのか?

 どんだけ執念深いんだよ。

 あれ? じゃあ、ネット小説を以前から読んで知ってた? そう言えばたったひと晩でファンタジーとか、ラブコメの印象を決め付けるってのも無理がある。前から読んで知ってたから、そんな感想を持っていたと。


「えっと、でもそれでなんで俺?」

「才能? あの小説は誰も読まない。でも、読めばわかる良さがある。流行り廃りとか、ウケる要素がある訳じゃない。でも、書けてた。心から楽しんで書いてて、それが全体に滲み出てた。あれが注目を浴びないのは、読む側が未熟すぎるから」


 子ども染みた作品で喜ぶ層にはウケない。でも、大人の読者とか心情描写に重きを置いた作品を、時間をかけてじっくり読みたい人には必ず響くと。

 そこに惚れる要素があったのだと。三菅さんは読書が趣味で多くの文学文芸に触れて来た。だからこそ、俺の処女作に感動したのだと。


「そんな、それこそラブコメじゃん」

「そう、なんだよね。事実は小説より奇なり、って」


 だから、今書いてる変な奴じゃない、最初の作品のような小説を、自分のために書いて欲しい、そう言って俺をじっと見つめる。

 わからない。

 そう言われてもどこに感動する要素があったのか。あれを書いてる時は確かに楽しかった。表現に拘ってみたり、わざわざ面倒臭い言葉を辞書で調べて、言い回しにも気を使って、苦労したけど何度も推敲して、自分なりに完成度を上げたつもりだった。結果はどうにもならなかったけど。


「でも、それで、なんで?」

「だから才能があると思ったの。流れるような文章表現は文豪に匹敵する。そう思った。大袈裟なようだけど、でも、あたしはファンになれた。少なくともあの作品だけは」


 それが俺と知り近付きたくて告白に至り、でも自己評価が恐ろしく低くて、だから自信を持ってもらいたかったらしい。


「信じてくれる?」

「えっと、俺を好きな訳じゃ無いんだよね?」

「好きだから告白した。自信を持てば絶対良くなる、作品も人としても。だからあたしが支えられるかわからないけど、でも、一緒に高みを目指して欲しいって、そう思った」


 なにこれ?

 マジでラブコメ。

 こんなバカな話が現実に起こったら、誰だって困惑するに決まってる。


「あり得ない」

「でもあたしの感情に嘘はない」

「おかしいよ」

「おかしくない」


 その目は真剣なのだろう。たぶん。

 でも、俺にはわからないし、なのに三菅さんは好きだと言う。


「バカにする気なんて一切ない。だから信じて」

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