Epi2 受け取り方は様々だけど

 告白してきた当人がどう思っているかは知らないけど、俺としては恋人として付き合っている、などとは少しも思わない。だって、本人も友達からと言っていたのだから、それに従えば友人であって恋人じゃないよね。

 帰りの電車内では会話も途切れがち、って言うか俺から話題を振るには、肝心要のネタの一切が無い。一方的に時折話し掛けてくるだけで、それに適当に答えるだけ。


「休みの日ってなにしてるの?」

「本読んでるか勉強してるか、ゲームとか」

「友達と遊ぶとかで外出しないの?」

「殆どない。友達って言っても部活で少し話し相手になる奴しか居ないし」


 はい、ひとつ言ってないことがあります。

 実はネットの小説投稿サイトと、文芸部用の小説のふたつを書いてます。言う気はさらさらないけど。三菅さんが部活に参加して来たら、少なくとも文芸部用の小説はバレる。読んで欲しいとも思わないし、読まれて「ひっどいねこれ。文章の書き方講座でも受けて来たら?」とか言われかねない。隠し通すしかないかも。

 ネット小説の方は少々、いや、かなりヤバい。妄想全開で頭の中身が疑われる。絶対に隠し通す。


「文芸部って本を読むだけ?」

「えっと、人によっては小説書いたり、演劇部の脚本書いたりしてる」

「大貴は書いてないの?」


 正直に言う気にはなれない。

 絶対バカにされるから。


「えっと、特には」

「なんで? 読むだけじゃなくて書くのも面白そうだけど」

「読むのと書くのは違うと思う」

「ふーん。あ、あたしここで」


 そう言ってさっさと下車して行った。

 実にさわやかな笑顔でなんら躊躇せず、ドアが開くと同時に車外に出て一瞥することもなく、ホームの人混みに紛れて消え去った。

 あのー。友達でも手を振ったりすると思うんですが。好きだ、とか言ってた割にはずいぶんとドライなんですな。

 やっぱ揶揄ってるだけじゃ?


 家に帰り自室に向かうんだけど、途中に妹の部屋がある。

 あ、俺にはふたつ違いの妹がいて、今は中学三年生。高校受験を控えた難しいお年頃。下手なことを言うと十倍二十倍になって返ってくる。だから基本余計なことは言わず、会話を交わすことも殆どない状態。

 向こうも俺を空気の如く扱ってるから、あえて触れることはしない。わざわざ虎の尾を踏む必要は無いのだ。


 自室に入ると着替えて一旦キッチンへ。


「麦茶を飲もうと思ったら無いじゃん」


 空のガラスピッチャーが無造作に置かれていて、作り置きは無い。

 仕方なく容器を洗って中に麦茶のパックを入れ、水を入れたらそのまま冷蔵庫へ。


「水で我慢するか」


 コップに氷を入れたら水を入れて、くるくる回し少し冷えた所で、ぐいっと一杯。

 渇きを癒したら自室へ戻り、ネット小説でも書こうかと。

 そう言えば母さんは買い物だろうか。まあ時間的に夕飯の食材を買いに行ってもおかしくないし。


 部屋に篭るとデスクトップパソコンの電源を入れ、大手小説投稿サイトのブックマークをクリック。表示されたらIDとパスワードを入れて、マイページを表示し下書きになっている小説をクリック。

 妄想全開の小説に読者は殆ど居ない。ブクマの数はわずかに五人。評価なんて勿論ひとつも無いからゼロ。

 以前投稿していた最大手のサイトでは、「バカじゃねえの」「規約違反だろ」「頭おかしい」とか散々だったから、退会して今のサイトに落ち着いた。ここでは文句を言う人は殆ど居ないから、書きたいように書ける。代わりに読む人も居ないんだけどね。


 小説の中身は所謂兄妹愛のものだ。

 妹が実際に居てそんなことなんて絶対ない、なんてわかり切ってる。むしろブラコンなんてのが本当に居るのか、疑問に感じる程。シスコンは結構な確率で居そうだけど。


「お兄ちゃん。今日は一緒に寝るんだよ。そんでね、いっぱいたくさん愛して欲しいな」

「勿論だ。俺は骨の髄までお前を愛し続ける」

「お兄ちゃん。凄いことになってるよ」

「お前だからさ。他の女でこんなことになるなんてありえない」


 うーん……。

 展開が急すぎるか。


「お兄ちゃん。今日は一緒に寝てもいいよね?」

「勿論だ。お前の温もりを感じられる、それこそが至福の瞬間」

「お兄ちゃん。元気」

「お前だから」


 あれ?

 どうしても下の方へ話しが行っちゃうなあ。

 とは言え、やっぱり下ネタは俺にとっての鉄板だしなあ。これを書きたいがために小説書いてるし。


「千里、俺のベッドで朝まで萌えよう」

「うん。お兄ちゃん」

「蕾の如きお前のその」


 ヤバすぎる。これじゃ十八禁になっちゃうし、運営から警告食らっちゃう。

 今日はいろいろあってノリが悪い。こんな時は一旦小説から離れた方が良さそうだ。


「大貴。あのねあたし」

「みなまで言わなくていい。わかってる」

「うん。だったら行動で示して欲しい」

「フッ。ならば朝まで寝かさないぞ」


 いかんいかん!

 つい三菅さんを書いてしまった。しかも相手は俺。

 溜まってるのかなあ。そう言えば最近してないもんなあ。健全な男子ならあって当たり前なことも無いし。この部屋の壁って少し薄いんだか、防音性が低いんだか、隣の妹部屋の音も聞こえるし、俺の部屋の音も聞こえてるみたいだし。

 だから、妹が寝静まらないとね。


「大貴、お風呂一緒に入ろうよ」

「ならば洗いっこをしよう。入念に体の隅々まで洗ってやるからな」

「あたしも一滴残さず搾り取ってあげるから」

「それは楽しみだ」


 じゃねえよ!

 こんな妄想してるから女子にモテないんだろうな。三菅さんだってこんなの書いてるって知ったら、軽蔑して蔑んでくるだろうし。

 今日はやめだ。思考が下方面に引っ張られてまともに書けない。あ、書けないってのはカケないってのに通ずるものが……。バカだ。


 さっきからブーブー聞こえると思ったら、スマホに着信か?

 手に取って見ると相手は三菅さんだった。


「はい。浅尾です」

『なかなか出なかったけど、忙しかった?』


 忙しいはずもなく、妄想に浸ってたせいで着信に気付けなかっただけです。


「えっと、そういう訳じゃ」

『あのね、小説投稿サイトって言う奴あるでしょ? 今それ見てたんだけど、なんで異世界ファンタジーとかラブコメばっかり多いの?』


 それはですねえ、書き易いのと需要があるからです。


「えっと、読みたい人と書きたい人が沢山居るからだと思う」

『少し読んでみたんだけど、これって小説なの?』


 抉ってくるその言葉。

 俺の書いてる奴は一応ラブコメ。だから需要があるはずだし、誰かしら読むと思ってた。でも実際には読まれることも無いし、PVに至っては回を重ねるごとに減って、今じゃゼロ行進状態だし。


「小説って言うか、ラノベ? まあ、ウェブ小説って言うちょっと特殊な分野かも」

『死んだら異世界とかに行って、好き勝手できるチート? 要はインチキでしょ? 努力もしないで力だけ手に入れて、いつの間にかハーレム? 女の子は物扱いだし変でしょ』

「いやあの、そこは追及しないで欲しいんですけど」

『ラブコメって言う奴も女の子が物みたいに書かれてるし。そもそもなんで恋愛に発展したのか、そこの説明全然無いじゃん。どこが良くて好きになったとか、なんにも無くていきなり同棲とか、高校生で一人暮らししてる女子とか男子とか、夕飯作りに行ってエッチな展開とか』


 だから、それは脳内妄想の行き着く果てなんです。別に物扱いする気はない、と思いたい。


「えっと。小説投稿サイトって、同好の士が集まるいわゆるオタクの住処、そう思って貰えれば」


 みんなごめんよ。そうでも言わないときっと引き下がってくれない。


『無料で読めるならと思ったけど、これ、読んだらどんどんバカになりそうだね』

「はい、言葉もありません」


 中にはまともなものもあるんです。ただ探すのに膨大な手間が掛かる訳で。


『なんとなくわかった。大貴はこんなの書いて無いよね?』


 死にそうです。今まさに書こうとしてました。


「えっと、たまに読むけど書いてない」

『そう。じゃあ、やっぱまともな小説は買うか、図書館で借りて読んだ方がいいね』

「仰る通りです」

『なに畏まってるの? あ、文芸部でも変な小説書いてる人いる?』


 はい。ここに。


「たぶん、居ないと思います」


 嘘吐きました。

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