「無理です。ごめんなさい」から始まる俺と彼女のラブコメな日々

鎔ゆう

Epi1 好きですと言われる

「好きです。付き合ってください」


 無い。あり得ない。


 事の発端は放課後帰り支度をしている最中に、突如教室に来た女子から「浅尾大貴あさおたいき。ちょっと来て」と言われ、教室から無理やり引き摺り出されたのだ。フルネームで呼ばなくても浅尾は俺しか居ない。なんで呼ばれるのか理由がわからないから尋ねてみたら、「四の五の言わず来て」と睨みつけるように言われ、仕方なく後ろを付いて行くと体育館裏まで連れて来られた。


「じゃ、あとはお二人でよろしく」


 俺の背中を押すようにして足早にその場を離れる女子。去り際に俺じゃない誰かに手を振っていた。

 俺の目の前には馴染みの一切ない顔を持つ女子が居る。

 少しよろめきながら近付くと冒頭の言葉が、淡いピンク色の唇が開くと同時に発せられたのだ。健康そうな色味をしているし、荒れてもいないし形も悪くなさそうだ。


 因みに、言われた言葉は全く頭に入って来ない。

 目の前に居るであろう見知らぬ女子は小首を傾げ、俺の目をしっかり見据えているようだ。恥ずかしいからあんまり見つめないで欲しい。


「聞こえなかった?」


 しびれを切らしたのだろう。

 苦節十七年。あ、いや、特に意味はないが、ついに俺にも春が来たのか、などと思うわけもなく疑念を持っただけだったのだが。


「えっと、どっきり?」


 周囲を見回し誰か隠れ潜んでいないか、注意深く観察してみる。


「どこ見てるの? もう一回だけ言うね」


 聞いた男子が舞い上がって喜んでしまう、魔法の言葉だろうか。


「好きです。付き合ってください」


 空耳アワーの時間にはまだまだ早い。「Ski death to key at take the say」って言ったんじゃないのかとか。

 空耳はともかくその言葉に一瞬歓喜しそうになるも、俺を好きになる女子が居るなど考えられない。つまりだ、これはあれだ、どっきりで無ければ単に揶揄われている、そう結論付けるのが正しい。


「あの、揶揄うなら他の人にしてくれない?」


 高校生にもなってこんな見え透いた手口なんて、やってることが幼過ぎるでしょ。


「揶揄って無いんだけど」


 きちんと相手の目を見るのだが、真剣な表情ってのがよくわからない。ただ、その表情に笑みは無く目付きは少しだけ鋭い。怖いかも。やっぱ好きだとかじゃ無いよね。


「あり得ないから」

「何が?」


 間髪入れずに聞いてきたよ。


「俺を好きになるなんて……自分で言っててあれだけど、病んでるって思われるよ」


 悪趣味だの頭おかしいだの、悪食も極まってるとかね。

 これまでただの一人も告白してきた女子は居ない。過去にはこっちから告白したら、「なんの冗談? 少しも笑えないんだけど」とまで言われた。だから、自分にこんな事が起こるなんて天変地異の前触れでもない限り、絶対に無いと確信してた。


「なんで? 人を好きになることがおかしいの?」

「じゃなくて」


 人を好きになることは普通にあるだろう。問題はその相手だってことなんだけど。


「なんか自分で言う程傷付いちゃうけど、俺以外を好きになるのは普通だと思う。でも――」

「自己評価低過ぎるんだと思う」


 俺の言葉を遮ってきた。


「あたしは浅尾が好き。それで充分だと思うんだけど」


 意外と押しが強いのかレスポンスが早い。

 ふたつ不明な点がある。


「えっと、ふたつ質問いいですか」


 右手を挙手してたぶん俺としては、精いっぱい真面目な表情をしてると思うけど、訊いてみたいことを口にすることに。


「なに? 改まって」

「俺はあなたの名前を知りません。どのクラスで何年生かも知りません。もうひとつはなんで俺なのか、です」


 俺の質問に固まってるのだろうか。軽く目を見開いてそのまま動かない。

 と思ったら溜息混じりに喋り出した。


「名前、ね。あたしは二年C組、三菅明穂みすげあきほ。なんで、の問いへの回答はむつかしい……。あのね、感覚的なものだから説明できない」


 二年生、ってことは同学年。

 接点が全く無いのに好きになるなんて無い。つまりやっぱり揶揄ってるんだと思う。文芸部所属で冴えないし運動音痴だし、顔だって人並み以下だと思ってる。取り柄とか人に言える程のものも無い。ないない尽くしでなんで好かれるのか。


「えっと、しつこいようだけど、揶揄ってるんだよね?」

「だから違うって」

「だって、俺、今まで女子から好かれたこと無いよ」

「じゃあ、あたしが最初の人になれるんだね」


 なんかブツブツ言ってる気がする。「手垢に塗れてないなんて希少じゃん」とかなんとか、聞こえてるんだけど。

 もし、本気で俺を好きなら相当な変人なんだろう。手垢云々ってのからしても、かなり風変わりで変な趣味でもあるのかも。


「返事は?」


 急に何を言い出すのかと思えば、告白への返事の催促だった。


「無理です。ごめんなさい!」


 あれ? 俺なんかおかしなこと言った? 時が止まってるよ。

 おーい。呼吸してますか。目を見開いて口は半開き、身動ぎひとつしない状態がしばらく続いた。


「なんでさ!」


 いや、なんでと言われても。

 告白されてそれを素直に信用できる俺じゃない。絶対に無いと思ってた女子からの告白。これが揶揄いじゃ無ければ明日地球は真っ二つ。


「揶揄うなら他を当たってください」

「だから違うってば。本気なんだよ」

「無いでしょ」

「あるからこうしてるんじゃん」


 平行線のまま相手も折れず俺も勿論折れることはない。

 無いものは無い。


「どうすれば信じてくれるの?」


 信じるも何も俺の十七年間が全てを物語ってるし、どうすればなんて俺にもわからない。むしろどうして信じられるのか。相手は女子だ。他にかっこいい奴とか幾らでも居るし、校内カーストで言えば最底辺の俺だよ? あり得ないってのが真実だと思うでしょ。


「信じるも何もあり得ないことが起こってる。本当だとしたら地球は明日で終わると確信してる」

「あのね、自己評価が低過ぎるにも程があるって。なんでそこまで自分を卑下しちゃうのかなあ」

「人生イコール彼女居ない歴だから」

「たった十七年じゃん。人生百年とか言われてるんだよ? 十七年なんてまだよちよち歩きみたいなものじゃん」


 まあ、そういう見方もある。


 結局、彼女のひと言でとりあえず様子を見て欲しいとなった。


「じゃあ、まずは友達からね」

「それなら、まあ」


 女子の友達すら居ない俺からすれば凄い進歩だ。


「大貴はさあ、文芸部なんだよね」


 ビクッとした。いきなり名前呼び?


「そ、そうだけど」

「どんな本がお薦めなのかな」

「読書好きなら純文学を薦めるけど、そうじゃないならライト文芸とか、読みやすい部類の方がいいと思う」


 体育館裏から教室へ戻る間に、少しの会話を交わすんだけど、この人の名前、なんだっけ?


「あの、すみませんが、名前、もう一度いいですか?」

「覚えてないの? あたし印象薄いのかなあ」

「そうじゃなくて、いろいろあって思い出せないって言うかなんて言うか」

三菅明穂みすげあきほ、だよ。これからは明穂って呼んでいいから」


 無理。

 名前呼びなんて俺には憚られて、とても気安く呼べない。


「えっと、三菅さん」

「だめ」

「いや、あの」

「明穂」


 今は多少でも譲って欲しい、そう思うのは贅沢なのでしょうか。


「あ、そうだ。あたしも文芸部に入るね」

「え」

「なに? 不満なの?」

「えっと、ちょっと驚いただけ。それより、今まで何部に所属してたのかなって」


 三菅さんは「吹奏楽部だけど練習きついし、やりたい楽器じゃないし」とか言って、やめるつもりだったんだそうだ。

 本当にそうならいいんだけど、俺と一緒がいいとか意味不明な理由だったら、ちょっと問題あるような気もしないでもない。


「校門前で待っててくれる?」

「なんで?」

「駅まで一緒に帰ろうと思っただけなんだけど」

「あ、はい、そ、そうですね」


 女子と並んで公道を歩くなんて人生初の出来事だ。

 今日は人生初がたくさんあるなあ。こんなにたくさん話したのも初めてだし。

 暫く校門前で待っていると鞄を引っ提げ、三菅さんがやって来て「じゃ駅まで一緒だね」とか言ってるし。


「電車どっち方向?」

「えっと下り」

「あ、あたしもだ。じゃ、途中まで一緒だね」


 喜んでいいのか、どうすればいいのか、俺にはよくわかりません。

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