あなたなんてきらい
満つる
あなたなんてきらい
いい?
言っておくけど私、”好き”って言葉になんて何の意味も価値も認めてないから。
だって、そうじゃない?
”好き”なんて何にでも使う、使える、ただのお気楽で便利な言葉でしょ?
やれタピオカが”好き”だとか。
あそこのスイーツが
あのブランドの新作バッグ、オシャレで”好き”なの欲しいの。クリスマスプレゼントにおばあちゃんに買ってもらえないかな? とか。
いつものお店で売ってたあのピアス、”好き”って言ってたよね? なら今度お揃いで買わない? とか。
そうそう。
バスケ部のアイツ。タイチ。
まあ、顔も性格も悪くないし、話してて楽しいし、一緒に並んで歩いてもイヤじゃないから、誘われて2人で遊びに行った。
そう、3回。
うん。たまに聞かれるよ。
この前も聞かれた。女バスの子、だったはず。
「タイチのこと好きなの?」って。
そんな時はいつも「好きよ?」って笑って答えてる。
別にウソなんてついてない。ほんと。
だって嫌いじゃないもん。
いいヤツだと思うもん。
だったら”好き”って言っても間違いじゃないでしょ?
なのに「好きじゃないよ」なんて言ったらタイチに失礼でしょ?
知ってるよ、それくらい。
後であの子たちが私のこと悪く言ってたって。
別にいいよ。
だって仕方ないじゃん?
私の”好き”とは比べ物にならないくらい”好き”なんでしょ?
比べられたって困るんだけど、ね。
じゃ、なんて言えばいいワケ?
私から誘ったことはないよ、って?
付き合ってなんかいないよ、って?
告られてもいないよ、って?
そんなこと言えるワケないじゃない。
言ったら怒らせるに決まってる。
それくらい分かってる。
別に誰かとケンカしたいワケじゃないもん。
だったら黙ってるしかなくない?
言い訳しない、なんてカッコいいこと言うつもりでもないよ?
上手に説明できるならしてるよきっと。
でも、どうやったってうまく言える気がしない。
だったら黙ってるほかないでしょ?
そりゃ、ね。
私だってふつうの女子高生だもん。
デート、ってどんな感じがするんだろう、って思ったんだよ?
男の子と2人で出かけたら”デート”なんでしょ?
今までそんなことしたことなかったんだもん。
初めて誘われたんだもん。
え? ホントだってば。
男の子と2人っきりで出かけたのって、タイチが初めてだったんだよ?
そう。
皆にそう思われてるのも分かってるけど、そんなことないんだって。
男の子と付き合ったことなんてないの。
言われたことも、言ったことも、ないの。
そんなこと。
一度も。
ほんとにほんと。
だからね。
何だってやってみなきゃ分からないでしょ?
そう思って、タイチと行ってみた、ってのもある。
うーん……、うん。
いいヤツだったよ、やっぱり。
まず、優しいよね。
何でも勝手に決めたりしないで、ちゃんと相談してくれる。
どこで何、食べるとか、どこに行って何するとか。
多分、私に合わせてゆっくり歩いてくれてるんだろうし。
食べるのだって私遅いけど、焦らせないで待っててくれるし。
トイレ混んでて待たせちゃったけど、ヤな顔ひとつしないし。
バスケ部の仲間の話とか、最近見たテレビや読んだマンガの話とか、
どれも面白くてずっと笑いっぱなしだった。
一緒に観た映画も期待以上だったし、
並んで食べに行った評判のジェラート屋さんも美味しくって大満足だった。
あ、びっくりしたのは道路、歩く時。
必ず自分が車道側になるようにしてたんだよ?
はじめ気づかなかったんだけど、アレ、要は危ないからってコトなんだよね?
気づいた時には、おおー、って思った。
そんな発想なくって。今まで。
で、すごい気配り! って思った。
ありがたいな、優しいんだな、って。
……、でもね。
それだけしか思えなかった。
ドキドキもしなかったし、もっとずっと一緒にいたいとも思わなかった。
1回目は、お互い不慣れだからかな? って思った。
2回目は、あれ? とは思ったけど、私が間違ってるのかな? って思った。
……、さすがに3回目は。
3度目の正直、って言うの?
違う? 2度あることは3度ある、って言うの?
知らない。どっちでもいいけど。
聞かれなかったよ。
また次は? なんて。
言わなくても分かったんじゃないかなあ。なんとなく。
別にヤな顔になってたつもりはないけどな。
だってヤな思いなんてしてないもん。
でも、ね。
ヤではないけど、それだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。それだけ。
もしタイチにまた誘われたら?
えー、ただ黙って笑ってると思う。
でも、タイチだってバカじゃないだろうし。
何より皆、自分が傷付くのは怖いし、ヤでしょ?
だったらやっぱりタイチ、もう誘わないと思うけどな。私のこと。
だからあの子たちが心配する必要なんてどこにもないの。
そのうち皆、忘れる。
それまで黙ってれば済む話。
それだけ。
で、忘れた頃に、タイチにアピールすればいいんだよ。
タイチだって私のことなんてすぐに気にならなくなるに決まってる。
”好き”なんてどうせその程度のモノでしょ。
それまで?
大丈夫。
リカコがいるし。
え? リカコのこと?
”好き”だよ。決まってるじゃないの。
嫌いだったら一緒に帰ったり、帰り道にお茶したり買い物したりする訳ないでしょ。
まして「ピアスお揃いにしよ♪」なんて、絶対に言わないってば。
正直リカコがいなかったら私、クラスでぼっちだったと思うマジで。
だってそうでしょ?
あの子たち女バスって結束強いんだもの。
運動部ってどこもそうじゃない?
チームスポーツだからかな? 個人競技だとそうでもないのかな?
よく分かんないけど。そういうの。
だって私、帰宅部だし。
帰宅部って言うだけで微妙に肩身狭いんだよね。特にこういう時は。
彼女たちがワイワイやってるクラスの中でぼっちだったら、ホントいたたまれなかったと思う。
ひとりでずっといられるほど、私、強くなんかないから。
だからリカコがいてくれて、マジで感謝してる。
なんとなく皆、声が大きい方に従っちゃうけど、あの子、全然そういうの気にしないで側にいてくれるから。
私だったらリカコと同じようにできるか……、
うーん。正直、自信持っては言えないな。情けないけど。
ありがと。
そ。正直だけが、私の取り柄、かな。
でもね、そんなリカコにだって、あなたのことは説明してない。
できてない。
なんでだろうね?
別に隠してるわけじゃないんだけど。
もう、どれくらいになる? 1年? 早いね。
あなたと金曜日、夕方5時の待ち合わせ。
この、川沿いの遊歩道。
犬の散歩で知り合った、あなた。
うちの子はチョビ。シベリアンハスキーのオス。
あなたの所は柴犬のハナ。メス。
すぐに仲良くなって、あの子たち。
可愛かったよね。大きさが全然違うのに、会う度に二匹でじゃれついて。
だから私達も立ち話するようになって、気付いたら毎日5時に遊歩道を一緒に歩くようになってた。
特に話すことなんてなかったけど、二匹が楽しそうだったから、それだけで十分だった。
少なくとも私は。
でも、ハナは3年前に死んじゃって……。
あの時のあなた、びっくりするくらい凹んでた。
だから、つい、
「ハナちゃんがいなくても、よかったら一緒に歩かない?」
って言っちゃった。
そしたらあなた、ほんとに毎日、来るんだもの。
内心びっくりしたけど、でも、イヤじゃなかったよ。
チョビもハナちゃんがいなくなって寂しそうだったけど、あなたとずっと一緒なのは歓迎してた。
ほんと。あなたにお世辞なんて言ったって意味ないでしょ。
あなたが来る度にチョビったら尻尾振ってたじゃないのよ。
そのチョビも、1年前にハナちゃんの所に行っちゃった。
「今頃、二匹で空の上を走ってるのかなあ」
なんてあなたに言えたから、私、そんなに泣かなくって済んだんだと思う。
でなかったらもっともっと泣いて凹んで……、
って、ハナちゃんの時のあなたと同じ。
それならお互い様だから気にすることないや、って思ったけどソレはあなたには言ってなかったはず。
あの時、あなたずっと黙って並んで歩いてくれたよね。
毎日変わらずにずっとそうしてくれてたから、なんかそれが当たり前になっちゃって。
二人共、犬、あれから飼ってないのにね。
変だよね。
でも、さすがに受験生になってたから、このままだとマズいと思って。
「歩くのは金曜日だけにしよう」って。
言ったのは私。あなたはただ黙って頷いただけ。
なんで金曜日だけでも会おうとしたのかは……自分でも謎。
ねえ。あの時、私が「もう会うのは止めよう」って言ってたらどうしてた?
笑ってないで答えてよ、もう。
いいけどね、別に。
だって今じゃ同じ高校だから、ね?
同じ学校だけど、誰にも知られてないと思う。
私達がこうやって2人でただ歩いていること。
私達、学校で話もしないし。クラスも違うし。
私は帰宅部、あなたは将棋部。接点ゼロ。
仮に知られたとしても、誰かに何か言われる気もしないけど。
え? だってあなた、全然目立たないから。
タイチみたいに花形運動部の副キャプテンなワケでもない。
飛び抜けて勉強ができるわけでもない。
背も高くないし、細っこいし、イケメンでもないし。
あ、ごめん。自分を棚に上げて。
そ。
あの子たちが言ってたの聞いたんでしょ?
「大して可愛くもないくせに、可愛いつもりでいるなんてイタいよね~」
「放課後、どこで何してるんだか、怪しいってウワサ」
「耳にピアス開けてるけど、ヘソにも開けてるってホント?」
……ま、いいけどね。別に。
気にしてなんてないってば。
もう。ほんと。
リカコがいるから大丈夫、って言ってるじゃない。
見る? ヘソにピアスしてるかどうか。
冗談に決まってるでしょ。
やーね。顔、赤くしないでよ。
こっちまで恥ずかしくなる。
だーかーらー。
大丈夫だってば。何度も同じこと言わせないでよ。しつこいな。
泣いてなんかいないって。
ちょっとコンタクトがズレただけ。
ほら。私のコンタクト、ハードだから。
なんでこんな話、あなたにしちゃったんだろ。
いつもならしないのに今日に限って。
あーあ。失敗、失敗。
そうですよ。どうせバカですよ。
バカで悪いですかね?
高校生になっても、二人共未だに犬、飼ってなくても、こうやって毎週金曜日、雨でない限り2人でこの遊歩道を歩いてるバカですが、それが何か?
だいたい、あなたもそのバカの片割れですけどね?
もう。
バカバカ言ってるとホントにバカになりそうだよ。
初めはたしか、”好き”って話、してたんじゃなかったっけ?
はいはい。
”好き”ですよ、あなたのことも―――、って言えばいい?
言わないよーだ。絶対に、それだけは。
なんで?
え? まさか「言ってほしい」とか言わないよね今更?
そんなこと冗談でも言わないよね?
やだ。
何、黙ってこっち見てるの。
やめてよ。
前見て歩こうよ。
ホントやめてよ。困る。
何が、って?
なんか息が苦しくなってきた気がするんだもん。
顔が熱っぽい気もしてきた。
うわ。ヘン。
なんかヘン。何、これ。
こんなの今までなかったんだけど。ちょっと。
ちょっと今日の私、ヘン。
弱ってるのかな?
いつもなら言わないようなこと言っちゃったから、知恵熱でも出てるのかな?
分かったから。お願い。もうこれ以上、近寄らないで。
大丈夫。熱なんてない。
うん。気のせい、気のせいだから。
それ以上、こっちに来ないで。
やめてよホント、マジで。
お願い。
それ以上、こっち来るなら、言うよ? 言っちゃうよ?
あなたなんて……
き
ら
い
……なんて、言えるわけない。絶対。
バカ。
人の気も知らないで。
あなたなんてきらい 満つる @ara_ara50
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます