50:君が来るまで待っている
病院の待合はあまり混雑していなかった。
もうすぐ診療時間が終わるのも起因しているから。
疎らな待合のソファーには、赤いランドセルを隣りに置いた少女が数回咳をする。その様子に少女の隣りに座っていた女性が、少女の背中を摩りながら「大丈夫? お茶飲む?」と問いかけお茶のペットボトルを差し出す。
少女は「ありがとう」と言いながら、ペットボトルを受け取り数回に分けてお茶で喉を潤す。
「先生は大したことないって言ってたから。帰ったらお薬飲んでちゃんと寝るのよ」
「うん。……おばあちゃん、ごめんね。いそがしいのに」
少女は何だか申し訳なさそうに女性を見上げて呟く。
女性はその言葉に首を横に振って少女を抱きしめる。
「大丈夫。おばあちゃんね、お母さんが具合悪くても全然そばにいなかったの。せめて茉莉花のそばにいてあげたいの」
女性はそう言いながら、少女の髪を撫でる。
少女は女性に身体を預けていたが、待合の方に走ってくる人影を見て「あっ、来た!」と女性に声をかける。
女性は少女の声にゆっくりと身体を離し、振り返る。
少女はソファーから降りて手を振る。
少女の視線の先には、男性が少女の方へと駆けてくる。
会社から急いで来たのか、スーツの上着は通勤カバンと一緒に手に持っていた。
男性は少女の前まで来ると息を切らしながら「遅くなってごめんね」と少女に謝る。
女性は男性が来ると少女と同じようにソファーを立って、男性に頭を下げる。
男性も同じように頭を下げる。
「すみません、お忙しいのに学校まで迎えてに行って頂いて……」
「大丈夫です。大黒さんもお仕事大丈夫でしたか?」
「いえ、仕事は大丈夫です。それで先生は何て?」
「咽頭炎だと言ってました。お薬は此処に」
女性はそう言うと処方薬を男性に渡すと、少女に向き直る。
「それじゃあおばあちゃん帰るわね。ちゃんと治さないと、再来週のお誕生日会できなくなるからね。わかった?」
「うん、ちゃんとなおす!」
そう力強く頷く少女を見て、女性も頷き返す。
そして「それじゃあ何かあったらまたいつでも」と男性に言って先にその場を立ち去る。
男性はまた女性に深く頭を下げると、少女は「ばいばい」と女性に手を振って見送った。
女性が帰ると、男性は少女の顔を覗き込む。
「それじゃあ帰ろうか。何か食べたいものある?」
「プリン!」
「プリンかあ。プリンはご飯を食べて、お薬ちゃんと飲めたらかなあ」
「おくすり、にがい?」
そう問われて男性は処方薬を確認して、粉薬が入っているのを見て「苦いかも」と正直に告げる。
少女は悲しそうに顔を歪ませるけど、「プリン食べたいからがんばる」と泣きそうな顔で言う。その様子に男性は「茉莉花さんは凄いなあ」と笑って彼女のランドセルを肩にかけて、通勤カバンを持っていない方の手で少女の手を取る。
少女もその手を握り締める。
「ねえ、あすかくん」
「何?」
「おたんじょうび、おかあさんもよんでいい?」
そう問われて男性は少女を見る。
その何処か不安に満ちた表情に男性も少し言葉を詰まらせる。
「茉莉花さん、人を招待するときには招待状が必要なんだよ」
「しょうたいじょう?」
「お手紙。パーティするから来てくださいって書くの。お母さんにお手紙書ける?」
「かく!」
「うん。でもその前にまずは風邪治そうね」
「うん!」
少女は頷くと、男性の手を握る力を少し強くした。
大黒は、あの日取りこぼしてしまったものを掬うかのように、自分の手を掴む茉莉花の小さな手を握り返した。
胎動 神﨑なおはる @kanzaki00nao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます