紅い花を盗んだ娘

いときね そろ(旧:まつか松果)

紅い花を盗んだ娘

むかしむかし、ある村に美しい庭がありました。


季節を問わず花が絶えないその庭は、誰もが訪れることができました。

けれど、けっして花を手折ってはいけない。苗や種をほしがってもいけない決まりになっておりました。


なぜなら、そこは魔女の庭だから。花々は魔女のものだから。


村人たちは魔女を恐れていましたので、だれも花を折ったり欲しがったりはしませんでした。


ところが、一人の娘がこの庭の花に魅入られてしまったのです。

娘がとりわけ気に入ったのは、血よりも濃く紫より華やかな、紅色の蔓花でした。


「おお紅い花、紅い花! あの花が欲しい、どうしても欲しい」

娘は糸紡ぎもせず、毎日魔女の庭を眺めてはため息をついて過ごしていました。


ある夜、娘は鏡の前で髪を梳かしながら言いました。

「せめてあの花をこの髪に飾れたら、わたしは何を失っても構わないのに」


その声を鏡の悪魔が聞いておりました。

悪魔は、冥い鏡の底から娘に語りかけます。

「かわいい娘、いつもお前を見ていたよ。その言葉が真実ならば、お前の望みを叶えてやろうじゃないか」


娘は驚きましたが、鏡の底から聞こえる声を恐ろしいと思うよりも、紅い花のことで頭がいっぱいになりました。

「本当に? あの紅い花をわたしにくださるの?」

「本当だとも。美しい花は美しい髪にこそ似合うものだ。その代わり望みの花を手に入れたなら、お前は魂を我に寄越さねばなるまいよ」


あの紅い花を髪に飾った自分を想像すると、娘は我を忘れました。そして鏡にくちづけて、悪魔と誓ってしまいました。魂を手放すことなど、もはやどうでもいいとさえ思ったのです。だって、あの紅い花が手に入るのですから。



翌日、まだ夜の明けきらぬうちに娘は庭へと急ぎました。

手には縫い針を隠しています。この針先で、あの紅い花をほんのちょっぴり傷つけて髪に隠して帰ればよい。そして窓の下に埋めよ。悪魔がそう教えたからです。


娘は悪魔に言われた通りにしました。けれど急いでいたので、髪に針を隠す時、自分の皮膚を傷つけてしまいました。


家に帰る道々何度も振り返ってみましたが、魔女に気づかれた様子はありません。

娘は安心し、縫い針を窓の下に埋めました。

これでよし。そのうちにきっと埋めた場所から蔓草が伸びて、やがては窓辺に紅い花を咲かせるはず。娘はうきうきとその日を待ちました。


やがて何日か過ぎました。蔓草はたしかに育ち、紅い花をつけました。

ただし、縫い針を埋めた窓の下から育ったのではありません。

あの日針の先で傷つけてしまったせいでしょうか、紅い花は娘の頭に根付いてしまったのです。


それでも娘は満足です。あんなに焦がれた紅い花を、いつも髪に飾っていられるのですから。

今日も鏡に向かっておじぎをし、うっとりと花を眺めます。

「おお紅い花、紅い花! なんとうつくしいのでしょう。もうこれでお前はわたしのもの。永遠にわたしのもの」


それから何日も過ぎました。

姿を見なくなった娘を心配して、村人が家を訪ねてきました。


娘の姿はどこにもありませんでした。

代わりに、窓も床もベッドも鏡も取り込むほどに茂った蔓草と、鮮やかな紅い花が部屋中に咲き誇っておりました。



「やれやれ。鏡の悪魔もしょうのない魂を喰ったもんだよ」

魔女がやってきて言いました。


「膨れすぎた欲なんて化け物はね、普通の小娘の手に負えるもんじゃない。だから私が引き取って、面倒を見ていたというのに」


こわごわ見ている村人たちの前で、魔女はトンと音を立てて杖を地面に刺しました。

途端に紅い花は、蔓草もろとも杖の中に吸い込まれていきます。

あとに残ったのは、割れた鏡と錆びた縫い針だけでした。


「ま、そんな理屈が通じるなら私の庭は必要ないんだけどね。まこと、人間は手に負えぬ。手に負えぬものは面白い。さぁさ道をあけとくれ。花が見たかったらいつでもおいで、村の衆。ただし、気をつけておいで。さもないと」

魔女はその先を言わず、錆びた針をつまみ上げると、高笑いだけ残して去っていきましたとさ。




〈了〉




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