第7話 水面から現れたドラゴン


「サラ!」


 レヴァルが叫んだ。水しぶきが全身にふりかかり、ずぶ濡れになった。


 3メートルほど先にドラゴンの首があらわれた。青い目が光る。いや、あれは、目じゃない。目の上にあるものが光っているのだ。


「アラゴンのメダル」


 ドラゴンの瞳孔部分がクルリと裏返り、中心に線のある不気味な黄色い目が、こちらをにらんだ。まぶたの動きが奇妙で恐ろしい。下部からすばやい速度でクルリとあがり目をおおうのだ。人のまぶたと逆の動きは不気味だった。


「アラゴンのメダルだ」と、レヴァルが言った。

「私に槍を」と、マセコが言った。

「何を言ってるの」

「私が気をひく。その間にサラなら、ドラゴンの頭まで飛べるでしょう」


 声が脳に直接ひびいてきた。


『ナゼ欲シガル』


 ドラゴンだ。

 直接、脳に語りかけてくる。


「噴火を止めたい」


 ドラゴンの乾いた笑い声が響く。それは敵意と好意がない交ぜとなり複雑に交差したものだった。


「ドラゴンと話しているのか」と、レヴァルが聞いた。


 私は答えられなかった。レヴァルやマセコと話す余裕がない。精神のギリギリでドラゴンと繋がり、そこから意識を外せば、瞬間、襲われると確信できたからだ。


「聞け。数秒なら、ドラゴンの動きを封印できる」と、彼が耳もとでささやいた。「利用しろ」


 そして、レヴァルが奇妙な言葉を発しはじめた。

 両手で丹田のあたりに三角形を作り、呪文のような言葉を唱える。彼はエルフとのクオーターであり、彼のもつ空間魔術なのだろうか。


“eDar’d _haa ji’’m_ ta haa - garb d’aa haa”


 レヴァルの意味不明な言葉。彼の額に汗が浮かび、身体が緊張にこわばっている。

 私は彼に流れる血の脈がみえた。身体内にあるマナエネルギーを集め、その粒子をドラゴンに向けている。


「いまだ、ドラゴンの動きを、しばらくだが止められる! 急げ」


 彼の声が響いた。


 静かだった。

 池もドラゴンも時が止まったかのように停止している。


 私は身体を鎮め、息を整えた。

 周囲の力を集めるように集中する。周りの音がゆったりとして、すべてが止まる。


 きた!


 エネルギーを集め、スタートダッシュの形から3メートルほど先のドラゴンに向かって飛びあがった。気づいたときには頭部に着地していた。その肌は鳥類のように短く硬い羽毛でおおわれていた。頭部の感触はザラザラしている。


 ドラゴンの額に青白く光る水晶がある。これがアラゴンのメダル。


「マセコ。短刀を」

「受け取って」


 ヒュンヒュンと回転して短刀が飛んできた。私は右手で受け取ると、それをドラゴンの額にあてた。


 レヴァルをちらっと見た。彼の額は汗にまみれ、ずっと奇妙な呪文をつぶやいている。顔の血管が盛り上がり、切れ、目から血液がポタポタと流れだしている。


 レヴァル!


 私はドラゴンの額に短刀を突き刺すと、青い水晶を切り取った。


 その瞬間、ドラゴンは牙をむき出し、地に響く咆吼ほうこうをあげた。それは洞窟に木霊こだまして鼓膜に直撃した。


 私はドラゴンにしがみつき、青い水晶を握った。


 水晶と私がリンクする。


「ドォ・ラァ・ゴォーーーン!」


 自然に私の喉からうなり声が出た。


「ドォ・ラァ・ゴォーーーン!」


 ドラゴンは私の声に呼応する。


『問エ』

「噴火を止める方法を」

『ソレヲ問ウカ、アワレナ巫女ヨ。感ジヨ』


 ふううっと意識が遠ざかり、静謐せいひつな水奥に沈んでいくような感覚を覚える。徐々に身体が下へ下へとおりていく。


 その先は『無』に。

 すべては『無』……。


 まわり、すべてが『無』と化していく……、


———ポトゥ〜〜ン


 ポトゥ〜〜ン———


   トゥ〜〜ン———


 水面を叩くような音が耳朶に響く。鼓膜が圧迫されるような音だ。次第に大きくなり、音ではなく、それは形へとえぐられていく。


 四角く深い藍色と緑色のような物体が浮かんでいる。

 ふしぎと恐れは感じなかった。麻痺しているのか、感情が閉じた。



“……、なに?”

“あなたは、なに?”

“サラ”

“それは、わたし”

“私を知っている”


 物体が意思をもち、わたしに穏やかな優しさに満ちた感情で語りかける。


“継ぐものよ”

“継ぐもの?”

は炎の巫女。は、そのはじまり”

“あなたは炎の巫女ですか? では、教えて、私はどうすればいいの”

“ドラゴンはと繋がることで力をうる”

“私と繋がる? どうすれば繋がれる”

“そのままでよい。呼びかけ、戻せばよい”

“戻せ。わからない”

“そなたの姉を、さすれば、そなたが炎の巫女となろう”


———ポトゥ〜〜ン

 ポトゥ〜〜ン———



 水面にうずくまる小さな身体がぼんやりと見える。それは本当に小さく赤児のように丸まっている。が、姿形は娘だ。顔は恐怖にゆがみ、すさんだ表情で、赤い髪は切れ切れで汚れきっている。


 目は虚空をにらみ、さらにうつろ。


“姉は病み。復讐ふくしゅうを果たし。氷の糸にからめとられた”

“氷の糸とは?”

“白銀のドラゴンと呼ばれているものだ”

“わからない。どういう方法で呼んだらいいの”

“白銀のドラゴンと炎のドラゴンはふたつでひとつ”

“ふたつでひとつ?”


 映像がうかぶ。


 ……血をはきながら、赤い髪をもつ恐ろしいほど美しい娘が半裸で叫んでいる。


“ドォ・ラァ・ゴォーーーン!”


 悲痛な叫びとともに、ドラゴンが氷の息を吐く……。


(つづく)

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