第6話 たわいもない会話は洞窟のなかでするものだ
背後を振り返って、レヴァルを見ることができない。数日前のキャンプファイアーでは、仲間の男たちをいくらでも
「ほおら、やっぱり。ここへは、ふたりで来たほうがよかったんじゃない」
「マセコ、今は考えたくないけど」
「あら、サラ。さっき、愛してるとかボケたこと言ったじゃない」
ちらっとレヴァルを振り返ると、彼が優しげな眼ざしで笑っている。もう、この顔。私は目を細め、彼にむかって唇をすぼめる。私は、なぜ、あれほど軽く愛を告白できたのだろう、そして、彼はまるで挨拶でもするように、軽く受け止めた。死の恐怖のなかでの戯れだったのだろうか。
天井から水がポタポタと落ちる不気味な洞窟を歩きながら、私たちは、およそ馬鹿げた会話をしていた。そして、さらに馬鹿げているのは、この状況でさえレヴァルが私を本当に愛しているのか、それが最も大事なことに思えることだった。
「マセコ」
「なに、サラ」
「あなたにこんなことを告白する日がくるなんて思ってもみなかったわ」
「言ってみたら」
緑色の光るコケでマセコの顔は病的に輝いている。
マセコの例のむかつく得意顔が気にならない。いや、いっそ、もっとして欲しいとさえ思った。
「ここにいてくれて、良かった」
「ふん。驚いたことに、私もそう思っている」
「じゃあ、行くか」
「行こう、サラ」
いったい私はこれまで彼女の何を見ていたのだろう。他人というのは、たとえ幼馴染でも、決して理解などできない。ただ、状況が人との関わりを変えるのかもしれない。
今の私にとっては親友だった芽衣よりもマセコを近くに感じている。
「行こう、マセコ」と、もう一度、言った。
「聞こえたわ」
「もう、だから、あんたにはイラつくのよ」
「お互いさまよ。ほら、滑るわよ」
足元の地面が濡れ岩には光るコケが生え、ぬるぬると滑りやすい。壁を伝いながら、中へ中へと進んでいく。
湿気からか、空気がさらに重く感じた。
背後を振り返った。
レヴァルがいて、マセコがいる。ふたりも何かを感じ取っているようだ。
「何かがいる……」
「ああ、気配がする。ドラゴンか」
先ほどまでの気楽な声音ではなかった。
「たぶん、白銀のドラゴン、白い糸のような意識があって」
「なんだ、それは」
「感じるのよ。つながりみたいなもので、説明ができない」
「炎のドラゴンはいないのか」
「感じるけど、なぜかとても薄いもので。この感覚がなんなのか、さっぱり私には、わからない。みな炎の巫女ならばわかると言うけど」と、口のなかでもぐもぐと呟いた。
この世界の人が私に期待する役割には笑い出したくなる。同時に泣きたくもなるんだけど。
私の無力感を説明することは難しい。期待の重みにつぶされそうだ。誰もが私に期待するが、その期待に応えられそうにない。
「炎のドラゴンを誰も見たことはない。伝説のドラゴンだ。白銀のドラゴンは知っているがな」
「アラゴンのメダルって、どういう力があるの?」
「聞き伝えだが、炎の巫女が身につけることで力が増すと聞く。ドラゴンとの親和性が高くなるようだ」
足元の岩には、緑のコケが増え
その時、マセコが、あっと叫んで足を滑らせ大きく転んだ。
「見て!」と、転んだまま彼女が叫んだ。
前方を人差し指でさしている。
先を見ると洞窟は円形になり、そこで行き止まりだ。そして、行き止まりは池になっていた。水面が薄緑色にキラキラ輝いている。
「前に進めないな。ドラゴンの影がないが」
「ここで行き止まりということ?」
「いや、そんなはずはない」
「待って」と、二人の会話止めた。
私は神経を研ぎ澄ました。
……感じる。さらに圧倒的な存在を感じる。
「いる。あいつがいる」と、囁いた。
ゴボゴボと音がした。数秒後、水面が小さくもり上がった。
すぐに、ざーっと大きく上がったとき、レヴァルが私の腕を引いて彼の背後に隠した。
白銀のドラゴンだ。
『ワシノ眠リヲ邪魔スル者』
彼の意識が頭に響いた。
「白銀のドラゴン」と、私は叫んだ。
レヴァルが私を止めようとしたが、身体がかってに動く。再び、あの状態になっていた。私を残してまわりの速度が遅くなり、自分の動きだけが高速になる。
身体中の細胞が活性化していく。
水が分子単位で見えた。
きらきらした水滴が池の上を飾り、ゆっくりと登っていく。背後を振り返ると、転んだままのマセコが大きな口を開けており、レヴァルが手を伸ばしたまま停止していた。
これはまずい。前回の経験から考えれば、おそらく、危険を察知して自然に身体の細胞が活性化している。しかし、この状態を長く続けることはできないはずだ。
身体全体の細胞が異様に活性化されるからだ。
落ち着け、自分。
まだ、早い。
感情を整えろ!
ハカセが言ったじゃないか、興奮したときは数字を数えろと。
私は1から10まで数え、目を閉じて、開き、深呼吸した。
周囲の感覚が普通にもどり、身体に重力を感じる。
息があがったが、倒れるほどじゃない。
(つづく)
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