第5話 覚醒する炎の巫女


 感覚が研ぎ澄まされていく。


    強く……

   

      ……強く…


 風はおさまらず、空気も薄い。このまま、ゆらゆらしていると感覚がするどくなった分だけ、酔いそうだ。


「レヴァル」と、私は叫んだ。

「合図したら、ロープを離して」

「なにを言ってる」

「飛ぶ」

「無茶だ」

「信じて、大丈夫。マセコ!」

「はい」

「あの時の私を知っているでしょ」

「知ってるよ」

「レヴァルからロープを取り上げて。持っていられると、かえって危ない」

「でも」

「マセコ、あんたも愛してるわよ」

「このバカ女! あんたはバカよ」

「わかってるわよ」

「いけるの?」

「いける!」


 私は距離を目測した。

 周囲が見える。細胞が活性化され、雲の粒子がゆっくりと目の前を飛んで行く。


「3っつ数えたら、離して」

「やめろ!」

「マセコ!」

「任せて」

「1、2、3、今よ!」


 マセコがレヴァルを突き飛ばして、強引にロープを奪った。やっぱりこういう時は女の友だ。


 身体を支えるロープの圧力が消え、私は、側面にむかってジャンプした。

 身体が宙を舞い、ロープがしなり、私は空中で膝をかかえて回転した。洞窟の底が見えた。感覚を信じ、両手を広げ、その場をめざす。赤い髪が崖下に落ち、そして、上にあがった。


 次の瞬間、私は洞窟の入り口に片膝をついていた。


「レヴァル、マセコ!」

「大丈夫か」


 レヴァルの声が震えている。あの男が感情を表面にだすなんて珍しい。


「洞窟に入れた」

「すぐに向かう」

「ロープを支えるから、待って」


 ロープを尖った岩の一つに結び、さらに自分の身体に巻いた。


「ロープを固定したわ」と、叫んだ。


 マセコが先に、次にレヴァルが降りてきた。

 私は思わずマセコに抱きついた。


「まったく、勇敢なのか、無謀なのか」


 レヴァルの顔を直視できずに彼の手を見た。その手は赤く血で染まっている。私を支えたとき、ロープで擦り切ったのだろう。


「見せて」

「このぐらい、たいしたことはない。心配するな」

「マセコ。救急用のもの持っていたよね」

「包帯とアルコールぐらいだけど」

「アルコールを」

「大げさな」

「レヴァル、お願いよ、見せて」


 彼は仕方なさそうに両手を開いた。

 私が強風で吹き飛ばされた勢いは強かった。あれを支えたのだ、思った通り手のひらの皮がめくれ皮膚に黒い線がつき赤い血だまりで、痛々しい。私はアルコールで消毒して布を巻いた。


「こんな手で下まで降りてきたの」

「慣れている」


 そう、彼はこういうことに慣れているのだ。これほど美しく非凡な男なのに逆にその容姿が邪魔をして誰も彼の内面を理解しない。彼の痛みに気づいていない。


「ごめん」


 巻いた布は、すぐに血に染まった。


「謝る必要はない。それにしても、急に髪が伸びたな」

「ええ、それで驚いてバランスを崩してしまって」

「そうか。行けるか」

「行きましょう」


 彼は何もなかったかのように先を歩いて行く。

 洞窟内は湿気が多く濡れていた。しっかり歩かないと足を地面に取られ滑りそうだ。

 レヴァルが立ち止まった。


「なにかいる」と、レヴァルが盾と剣を背中から外して身構えた。


 身体に感じるドラゴンの絆は太く確かなものになっていた。先ほどの跳躍で力を使ったにもかかわらず、それほど疲れがない。

 身体がなにかを取り込み力が増している。


 ただ、レヴァルとマセコは顔色が悪かった。


「後ろからついてこい」

「レヴァル」

「サラ」

「私は炎の巫女よ。この先にドラゴンがいるとしたら、私のほうが安全だから」

「ドラゴンじゃなければ」


 私は、おおらかに笑った。


「なんのために私はここにいるの。感じているのよ。いるわ。まちがいなくドラゴンはいる。気配が繋がっているの」

「では、行け。ただし、俺から離れるな」

「まるで、私のことが心配みたいね」


 驚いたことにレヴァルの顔が赤くなった。たぶん、私も赤くなっていると思う。私は、この緊迫した状態のなかで、そんな場合じゃないのに、ドラゴンや世界の崩壊よりも、レヴァルが私をどれほど愛してるかのほうが大事と思ってしまった。


「行きましょう」と、私は頬を叩いた。

「ああ」と、彼もうなずいた。


 マセコが隣に来た。


「まったく、もう、見てらんないわね」と、呟くと横目でにらみ、片頬をあげて笑った。それは小学校時代から知っている天敵のマセコの、あの顔だ。


「サラ、私と恋バナしたいんじゃない」

「マセコ。ここは学校じゃないわよ」

「そうよね。でも、こんなときだから」

「あなたも強くなったわね」

「あんたほどじゃない」

「おいおい」と、後ろから呆れた声がした。

「あのね。女が恋バナしてるときに男が口を突っ込まない」と、マセコが叱った。


 私たちは笑った。

 それで気分が楽になった。


「それで」と、彼女は聞いた。

「あなたたち、愛し合っているわけね」


 途中から洞窟の壁に生えたコケが緑色に輝き、周囲を照らしはじめていた。マセコの顔が薄グリーン色に染まっている。だから、私は彼女の言葉に耳まで赤くなるのを感じたが、見えなかったと思う。いや、ぜったい見て欲しくないと思った。


「そうだ」と、レヴァルが背後から答えた。


 この男は本当にもう、こんなときでもムカつくほど余裕を持っている。


(つづく)

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