第4話 残ったのは三人だけ
レヴァル小隊と別れた私とレヴァル、そして、「私も行く」と、言い張ったマセコはゴロゴロした岩と白い雪が固まった勾配のある坂を登った。
空気は地球で吸っていたものと同じ酸素濃度になっていた。この世界に生きる人間なら、かなり苦しいだろう。
山肌には草木も生えていない。
降灰ではなく本物の雪が氷になって固まっている。標高がどのくらいかわからないが、かなりの高度だ。
レヴァルの足が止まった。
私たちは息を切らしながら、山の音に息を鎮めた。
匂いもなく、たまに白いもやのような雲があたりを包む。生き物が生存できない
レヴァルを目で追った。彼は額にしわを寄せ、無心に地図を読んでいる。その姿を吹きすさぶ白い風がおおい隠す。彼が近くにいてさえ、遠くに感じ、孤独に思える。
「レヴァル」と、存在を確かめるように呼んだ。
「この下だ」
レヴァルはこちらを振り向くと、強張った顔を無理に歪めて、ほほえんだ。そして、山肌の東側にある切り立った崖を指している。
崖下へと吹く風が、その場ではさらに強く渦まいている。
私は崖っぷちまで歩き、腹ばいになってレヴァルの言う下をのぞいた。たしかに、5メートルくらい下方に大きな洞窟が見える。
崖から吹き上げる風が音をまして耳元でピューピューと鳴った。
「あの中なの?」
「伝承では、そうだ。魔物に
「レヴァル、あなたは大丈夫なの?」
「オレにはエルフの血が流れている。それに、お前を探すために9年も冥界にいた。身体をならすのに、最初の一年目は大変だったが、もう慣れたよ」
彼はこともなげに言った。私のためにムリをして、あの世界にいてくれたのだ。
レヴァルと目があった。その瞳の奥に宿された愛情を感じる。
「行くぞ」
レヴァルは盾と剣を背中にくくりつけ、槍を地面につき立てた。
ロープを取り出して、手際よく近くの岩に二重に縛り付け、さらに縄を自分の腰に巻きつけた。
「誰から行く」
「私が」
日付が変わるのを感じていた。空は相変わらず薄白く輝き、時間の感覚がないが、ここは白夜がつづく国、日が暮れるということがない。厚い雲からはいつまでも薄明かりが届いてくる。
なにかが私を捉えようと、あるいは、私が何かを捉えようとしている。
「俺が必ず支える」
レヴァルは私の脇から上の胸部にかけてロープを結んだ。乳房に手があたり、ドキッとしたが、レヴァルは無関心のようだ。集中しているのだろう。
「崖の岩を伝って、ゆっくり降りろ。風が強い、身体を持っていかれると激突する。それだけを気をつけろ」
「わかった」
「では、行け」
私は、崖下を覗いた。そこは、どこまでも深く底なしに見えた。落ちたら命はない。
腹ばいになって、崖の淵に全身をあずけ、つま先でとっかかりを探った。手応えを感じて右足を下ろす、次に左足。
風が横殴りに吹いてくる。下からの強い風が崖上へ吹き荒れ、逆に上から下へと吹き返すこともあり、
「そうだ。うまいぞ」と、頭上からレヴァルが力強い声で励ます。
カニのように横歩きをして、すこしずつ下へ下へと足を伸ばして降りていった。
そのとき、奇妙なことが起きた。
いきなり、短く切った私の髪がするすると伸び、帽子を落とした。あっと思った瞬間、帽子は崖の下へ落ちて消えた。赤く豊かな髪が腰近くまで伸びた。
風にあおられ、伸びた髪が顔面をおおう。
驚きと風と、長い髪に引っ張られたせいで、私は体勢をくずした。
「あっ!」
「サラ!!」
足を踏み外し、身体が宙に舞った。
落ちる。
ザザザッと勢いよく崖下に滑り、身体が宙に舞い、落ちていく途中、たるんだ縄がピンッと張り停止する。
「うっ」
脇に巻いた縄で胸に激痛が走った。
私は縄だけで支えられ空中でぶらぶらしていた。
見上げると、レヴァルが両足を踏ん張り必死に支える姿があった。彼は縄を腰で支えている。その縄を伝って生暖かい赤い液体が、ポツンと流れてきた。
血だ。
全体重をかけて落ちた私を支えるため、縄が滑り手のひらを切ったのだろう。
このままでは、彼がもたない。
「レヴァル!」
「サラ! 大丈夫か」
「大丈夫」
「崖につかまれるか。いいか、俺は決してロープをはなさない。安心しろ、身体を揺らして動け」
レヴァル……。
「愛してる!」
風に逆らって大声で叫んだ。
「俺もだ!」
バカな男だ、そして、私も。こんな宙吊りの状態で愛の告白をしているなんて。
だが、このまま死んだら、私は後悔するにちがいない。
私は息を整えて状況を観察した。
洞窟までの位置。右下、1メートルくらいに洞窟の天井部分が見える。その入り口の地面までは3メートルほど。これは家の二階からとびおりるより、ちょっと高いくらいか。しかし、今の私は自分の身体が覚醒したと感じた。
日付が変わったのだ。髪が伸び、ドラゴンとのつながりはさらに強固になっている。
(つづく)
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