第2話 レヴァルとシッゲイルの戦い


 私たちは谷戸に向かって走った。背後から聞こえる馬の蹄音ていおんはすでに大きく、地をゆるがす迫力でせまってきている。

 振り返ると、砂ぼこりを立ち上げた騎兵たちが全速力で追いかけてきた。


 谷戸の入り口に達すると、レヴァルが大声で命じた。


「全隊、盾の壁! タテに3列」

「はっ!」


 これまで、バラバラに走ってきた20人は、すなわち訓練された精鋭部隊へと変貌した。おそらく副隊長なのだろう。常にレヴァルに寄り添う男が呼応した。


「盾の壁! 7、7、6、整列だ! 急げ。野郎ども、ぼさぼさすんな。お前たち死にてえか」


 彼の指示のもと、20人の精鋭たちは、あっという間に鉄の盾を隙間なく並べ、三重の防御壁の姿勢を取る。


「防御完了!」

「そなえよ!」


 全員がひとつの壁になっていた。3列に組むぴっちりとした盾だ。最前列の7人は盾を横に並べ、片膝を地面につき身体全体で盾を支えている。その背後の7人は盾を頭上に上げ、全員の頭部を防御する。最後尾の6人は予備として、それらの盾を支えた。


 あの人のいいガルムも小柄なエイクスも、仲間と的確な統制をとり、壁のコマの一つとなった。ほれぼれするような連携れんけいプレーだ。


 私とマセコは、最後尾で守られた。


「サラ」と、マセコが私の肘をつかんでいる。その手が震えているのがわかった。

「マセコ」


 お互いに名前を呼びあうしかできなかった。


 徐々に迫ってくる馬の蹄鉄ていてつ音。ザッザッザッと一定のリズムで近づき、あっという間に耳が痛くなるような大音量になっていた。地をゆるがし怒涛どとうのごとく近づいてくる。


 仲間たちの緊張が高まった。


 馬がいななき、蹄音ていおんが止まった。


 一瞬の静寂……、


「おや、なんてまあ、お可愛らしい壁だこと」


 シッゲイルの声が聞こえた。


「出てらっしゃいよ、炎の巫女。前回は逃したけど、今回はもうムリよ。そこに居ると痛い思いをするわよ」

「おや、これはシッゲイル公爵閣下。ご機嫌うるわしく」


 レヴァルが盾の間で立ち上がった。


「おやまあ、またまたのフロジの庶子ね、なんてお名前だったかしら?」

「レヴァル・デ・フロジ侯爵。あいにくなところでお会いするようだ」

「そう、ま、いいわ。さあ、炎の巫女を迎えにきたのよ。お渡しなさい」

「残念ながら、公爵閣下。彼女は我が国の庇護ひごのもとにおります」

「あら、その言葉、チチチッ、やめておかない。綺麗なお顔に深い傷をつけて、殺したくなるわよ」

「この顔でいい思いをしたことがないんで、おのぞみなら」

「おやおや、それは、宝の持ち腐れ。さあ、炎の巫女をいただこうかしら」

「閣下、そのお言葉は我が国と一戦交えると受け取ってもよろしいか」

「それでも、いいわね。帝国の力を知らない愚かものの国を占領する口実をくれるってわけね」

「おできになるなら」

「ほほほ、試して見ましょうか。弓隊、前へ!」


 シッゲイルが命じた瞬間、レヴァルは盾の下に潜り、その上にドカドカと矢が降ってきた。盾に弓が大量に刺さったが、仲間は耐えた。


「歩兵、前へ」

「歩兵、前へ」


 隊列が近づく大きな靴音が聞こえる。

 ザッザッザッという不気味な音がして……、


 次の瞬間、前面を守る隊の盾に、ガツンと大きな衝撃が走った。おそろしい音は弓矢の比ではなかった。


 現代ならラクビーのスクラムだ。敵側が盾で一丸となって押し込んでくる。

 前面で盾を持つ身体の大きな兵たち、ガルムも前列にいて衝撃に耐えた。彼らの腕の筋肉が限界まで盛り上がり、血管が切れそうなほど浮きだしている。


 前衛が崩れたなら、あっという間に死に直面するだろう。


 私の腕をつかむマセコの爪が食い込む。振り向くと彼女も私を見た。下唇を噛んで震えている。


「歩兵第2隊、前へ」


 最初の衝撃のあと、新しい歩兵部隊がぶつかってきた。力勝負だが、向こうの兵は多い。


 このまま、どれくらい持ちこたえることができるのか。

 こちらは20人しかいない。


 相手は、何度も人を変えることが可能だ。一人でも疲れ、力つきたら終わりだった。


「おめえら、負けるな」と、レヴァルが叫びながら加勢した。

「はん、隊長、このぐらい、ハア、ハア、俺らだけで」


 声を出せたのも最初のうちだった。なんども衝撃を受けた。

 少しずつ、ジリジリと後ろに下がりはじめる。


「隊長。ハッハア、ここは、サラさんたちを逃がすしか」

「ああ、あとどのくらい耐えられる」

「ハア、制限なしでさ」

「頼もしいな。では、しばし頑張れ。もう来てもいいころだ」

「あてがあるんで、隊長」

「あるさ、いいか。ここで踏ん張れば、必ず道が開かれる。次が来るぞ」

「おうさ、行くぞ」


 次の敵がガツンとぶつかってきた。

 何度、それを繰り返しただろう。味方の顔は真っ赤になり、顔に浮き出た血管は切れそうだ。汗の匂いが強烈にましている。


 レヴァルにはなにか勝算でもあるのだろうか。状況は絶望的にしか思えない。


 ガツン、ガツンと音がするたびに、衝撃が大きくなっている。


「耐えろ!」


 レヴァルが叫んだ。

 どのくらい、そうして耐えたのか。


 いきなり、圧力が消えた。


「戻れ!」


 シッゲイル兵への号令が変わった。


「やっとか、遅い」と、レヴァルは言うと、盾の間で立ち上がった。

「よし、全員、逃げるぞ」

「しかし、隊長。逃げれば背後から討たれ、かっこうのマトになりますぜ」

「見てみろ。やっとヴィトセルク王子の到着だ。遅いが、まあ遅すぎたということはなかったな」


 その言葉に、汗みどろの副隊長も立ち上がった。


「おや、隊長。俺らの見せ場はまだまだでしたぜ。王子は、はやく到着しすぎってもんですよ」

「が、まあ、助かった。ヴィトセルク王子がシッゲイルと話している」


 他の仲間も盾の間から顔を出した。


(つづく)

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