第10話 幼馴染との仲違いは終わった


 翌朝、ゆり起こされて目がさめると、マセコの顔があり身構えてしまった。学生時代の彼女を思いだしたのだ。しばらく、自分がどこにいるのかわからなかった。


「サラ」

「いつからここに?」

「お目覚めですか」

「戻れたのね」

「ええ、身体のほうは大丈夫ですか」

「眠ったら回復したわ」


 マセコは罰の悪そうな顔をしており、言葉遣いが他人行儀だった。


「ごめんなさい。私のせいで、その、ごめんなさい」

「そうね、昔からよ。むしろ謝ってほしいのは小学生時代のほう」


 私はマセコをからかいながら、自分の恐怖を押し殺した。


「いや、そこは」

「あなたも、たいがい頑固よね」


 私たちはにらみ合った、そして、どちらからともなく吹き出した。


「身体のほうは大丈夫?」

「たぶん」


 マセコは目を伏せ、それから、両手を差し出してほほえんだ。


「昨日の跳躍ちょうやくには、おどろいた。あなた、やはり本物ね」

「ええ、私もよ、なぜあんなことができたのか」

「今もできる?」


 私は周囲を見回した。時間は正常に動き、マセコも普通にみえる。


「あの瞬間は急に周囲が変わって見えた。私の時間だけ早く周りが遅く感じてね。よく、わからない。どうしてあんなことができたのか」

「すごかった」

「でも怖いわ」

「いまは炎の巫女として身体が変化しているのでしょう。それもその一部かもしれないけど。私は神官さまの言葉を思い出した。炎の巫女の力は誰も理解できない。その者のみしか知り得ないと言っていらした」

「そう」

「恐れないで、あなたは特別よ、認めるしかない。これはお恵みなの、悔しいけどね」

「悔しいって、マセコ。そこは幼馴染として、もうちょっと言い方ってあるでしょう」

「ないわよ。昔から私の欲しいものは、すべて持ってるもの。でも、そんなことを羨ましがってもしょうがないけど、昔のマセコがね、まだ、心のここんとこで文句を言ってるわ」と、彼女は心臓の中心をさして笑った。


 マセコ、いつだって、そう。小学校のころから悪意があった。それでも、彼女がここにいてくれてよかったと思う。もし、いなかったら、私の心はバランスを崩して病んだかもしれない。


「そうね、もう考えてもしょうがない。今も、なにかが私につながろうとしているのを感じる。表現が難しいのだけど、不思議な糸を感じるの。なにを選ぶのかと迫られていて、私の判断で何かが変わるとすれば、それは恐ろしいことだわ」

「私が隣にいる」

「私たちは親友なのね」

「あら、私はそう言ったでしょ。遠い昔の、あの世界で」

「私はね、そうは思ってなかった」

「ほんと、昔から、そういうとこ、いけ好かない」


 私は不安だ。見知らぬ世界に来て炎の巫女と呼ばれ、民衆には嫌われ、石まで投げつけられた。挙げ句の果てに他国からも狙われている。


 ヴィトセルクとレヴァルは、私が環境汚染をもたらす降灰を止める力があると思い込んでいる。もし、その力がなかったら、どうするのだろう。


「レヴァルに出発だからと言われてきた」

「そう」

「大丈夫よ、サラ。こんな低い文明社会。私たちが育った先進国からしたら、なんのことはない」

「マセコ、それ差別発言」

「だって、ムチで人を叩いても全く謝りもしない人たちばかりよ」


 私は思わずマセコの顔をみた。


「まさか、マセコ。まさか」


 彼女は泣きだしそうな微妙な表情をした。唇がくやしそうに震え、それを抑えた。たぶん、教えたくないのだろう。マセコの意地を感じて、私は話題を変えた。


「行ける?」

「行ける。シオノン山の中腹まで登るそうよ。登山用の服を渡された」

「険しそうね」

「この国の最高峰シオノンはエベレストみたいな山よ」


 エベレスト……。


 とっさにハカセを思い出していた。

 中学から高校にかけて、世界中に私をつれまわして旅した。表向きは研究のためだから、わざわざ私を連れていく意味がわからなかったものだ。


『どうして』と、聞くとハカセは静かに首を振った。

『あなたは見ておくべきです。絵でみても、こういう感動は味わえません。経験することは一冊の本を読むより確かなことがあるのです』


 私はあの瞬間を忘れられていない。絶景というのでは足りない、圧倒的な自然をまじかにした敬虔けいけんな感動。


 エジプトのナイル河の夜明け

 蔵王の樹氷が太陽の光にきらめく午後

 クリムトゥ山にある火口にできた緑色の霊の湖

 中国の蘆笛岩ろてきがんにある青い洞窟

 カナダのイエローナイフで見た凍えるオーロラの夜


 ハカセは言った。


『手の入っていない生の自然は人をこばみます。この脅威の世界を克服することで人は発展したのです』

『克服してるの?』

『家に住むことも人が自然を克服した形です。しかし、それもやりすぎてはいけません。自然から手酷く抵抗されるからです。ほどほどで共存する道を探す。見てごらんなさい、この雄大な景色を、これと戦うなど不可能な話です』


 ハカセは私になにを教えたかったのだろう。


第5章完結

最終章につづく

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