第9話 誰も知らない炎の巫女の力


 私は普通の沙薇という平凡な子だった。それがサラになり、世界の鍵をにぎる。


 私の力に、いったいどれほどの破壊力があるというのだろう。

 世界に知るものはいない。なぜなら、私の一族は滅ぼされてしまったからだ。なお悪いことに、炎の巫女の力を私自身さえわかっていない。


 レヴァルとヴィトセルクはテーブルで地図を眺めながら頭を突き合わせている。オレンジ色の灯が彼らの横顔を揺らしている。


 足元がかるく揺れる船室の丸い窓から、私は外を眺めた。

 シッゲイルの兵に槍で殺されそうになったとき、奇妙な能力を発揮はっきした。

 世界を構成する粒子が見えるような気がしたのだ。

 それは恐ろしい体験だった。平凡で普通だと思っていた私は、ある意味、平凡であることに安住していた。


 明日には誕生日がくる。

 その時、私はどんな女に変化するのか恐ろしい。姉エーシルがしたように、すべてを滅ぼそうとするのか。

 なにもわからない。

 そして、なにもわからないことが恐ろしかった。


「不安そうだな」と、レヴァルが聞いた。

「ええ……」と、ほほえんで本当の葛藤を隠した。「たぶん、シルフィン帝国がこのまま黙っているとも思えないから」


 この男にすべてを話そうか、あの瞬間の自分の力と、その恐怖を。シッゲイルが知ったからには黙って引き下がるはずがない。


「恐れているのかい? あの勇敢な女が」と、レヴァルがほほえんだ。

「誕生日のあと、私は自分の力を制御できないかもしれない」

「制御できないとは」

「ずっと感じている。なにかを感じる。それは、まだ小さな感覚だけど、ここに来てから続いている。そして、少しずつ強くなっていく。不思議な力、その力の一片をシッゲイル公爵は見てしまった」

「なにを見たんだ」と、レヴァルが聞いた。

「まわりの時間が私だけ遅くなった」

「俺が見たのは、マセコに守られ、今にも泣きそうな顔をしていた、お前の顔だが」

「泣いてないわ」

「ほら、ヴィトセルク。言っただろう、こういう頑固な奴だ」と、レヴァルがおおらかに笑った。


 彼は心から笑っている。そんな顔をはじめて見た気がする。


「さあ、心配するな。俺がついている」

「どこからくるの、その自信は?」


 彼は瞳を一回転させると、陽気に笑った。


「お前は言っただろう。俺が愛していると」

「こら、レヴァル。いつのまにそういう関係になった。抜け駆けか」

「いや、俺も知らなかったが、炎の巫女の御宣託だ」


 彼らは、そんなふうに私をからかった。世界は混沌として、明日の私に彼らも不安を覚えているだろうが、懸命に無駄口を叩いている。それを見ていると勇気づけられた。なにがあってもレヴァルがいれば大丈夫だと思えてきた。


「どうだろうか。イオミア王国を使って牽制けんせいするのは」と、レヴァルが真面目になった。


「イオミア王国?」と、私は聞いた。

「シルフィン帝国が、この領土の西側なら、イオミア王国は東側に位置している。フレーヴァングは、昔からこの二大国の均衡きんこうのもとに平和が成り立ってきた」


 そう言うと、彼は私の顔から視線を外し、ヴィトセルクに話しかけた。


「今回のこと、イオミア王国で牽制する手があるかもしないぞ、ヴィト」

「ああ、そうだな。政治的かけひきか。宰相グリングに聞かせ、従者のキールに知らせ、シッゲイルの動きを封じこめるか……。イオミア王国はまだ詳細を知らない。が、しかし、イオミアを動かすのも手だな。ともかく、私たちには炎の巫女がいる」

「それは、ヴィト。将来の王としての手腕次第だ」

「まったく、王子をこき使うとはな、庶民の分際がいつの間にそんな身分になった」

「元庶民で、今は侯爵だ」

「やっかいな奴だ」


 ヴィトセルクは私を振り返った。


「では、炎の巫女。明日はレヴァルたちと洞窟に向かってもらえるか」

「あなたは?」

「僕は王宮で、ちゃっちゃっと問題を片付けてくる。アスート!」


 王子は従者を呼んだ。


「は、殿下」

「ふたりを降ろしたら、すぐに出航の用意だ。王宮にもどる。船長に伝えよ」

「御意」

「ところで、マセコはどうしているのです」

「彼女は」と、ヴィトセルクは言い淀んだ。

「まさか、殺したりしてないわよね」

「いや、彼女は監視下におかれている」

「では、彼女を連れてきて」

「それはできぬ」

「私は逃げない。ここで、あなた達の力になる。これは条件のひとつよ。同じ一族出身はもう私たちしか残っていない。彼女がいることは何かの啓示かもしれない。困った幼馴染だけど、でも、彼女が必要なの」


 王子とレヴァルは顔を見合わせた。


「よかろう、では船から降ろそう」


(つづく)

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