第8話 王宮に潜む敵


 ベッドのかたわらでレヴァルは手をのばしかけて、途中で止めた。


「俺の父親がおろかだったために、お前の姉にひどいことをした。その結果はさらなる悪夢だ。だからこそ俺たちでこの連鎖を止めなければいけない」

「レヴァル」

「さあ、もう休め。明日は忙しい」


 彼の心にシャッターが降りた。私といえば、まるで魔法にかかったかのように眠かった。しかし、まだダメだ。そう、私は伝えることがある。シッゲイルの言葉だ。まだ眠ってはいけないと、無理に起き上がった。


「シッゲイルが奇妙なことを。王宮内にシルフィンの密偵がいると」

「ああ、それは知っている」と、ヴィトセルクが答えた。


 知っている……。


「スパイをそのまま放っておいていいの」

「知ってはいるが、誰かは把握していないのだ」

「姉の」と言って、言葉をとめた。


 レヴァルの表情が変わったからだ。


「なにかね」と、ヴィトセルクがうながした。

「姉の従者のひとりで男。スパイはその男でしょうね」

「従者か。アスート!」


 入り口のドアを開け、背の低い痩せた男が入ってきた。


「殿下」

「炎の巫女エーシルについていた男の従者は誰であった」

「わかりません。10年も前のことです」

「船の記録に残っているであろう。調べてこい」

御意ぎょい


 アスートが出て行くとヴィトセルクが言った。


「明日の朝、ドラゴンの洞窟に出発する。そなたには、ドラゴンが守る秘宝アラゴンのメダルを得てほしいのだ。どう扱ってよいのか誰もわからぬ。それは、サラ、君にしかわからない」

「残念ながら、私にもわかりません」と、言いながらも欠伸あくびを止めることができない。

「それでも、やってもらおう」

「姉にしたようにおどすのですか?」


 ヴィトセルクは表情を変え、いきなりその場にひざまずいた。


「サラ、願いをできる義理ではないが。王国の王子として頼む」

「ヴィトセルク王子、立ち上がって」

「頼む」


 飢えに苦しむ人々の映像をまだ生々しく感じる。


「私にできることなら」

「ありがたい、炎の巫女よ。大きな誤解があったのだ。フロジ宰相はおごった男であった。そこに立っているレヴァルと同じようにな」

「俺は父親とはちがう」


 憮然ぶぜんとレヴァルが答えた。


「ほらな、すぐ怒るであろう。残念ながら、どんなに否定しようが、そなたにはフロジの血が入っているよ」


 レヴァルが冷たい視線でにらんだ。そこには同時に苦しみも見て取れた。


「だがね、レヴァル。私の血には、事なかれ主義で怠け者の王の血がはいっている。お互いさまというところだ」

「反論はできないね」

「そこは、違うと否定するところだろうが」


 このふたりの主従は接点がなかったはずだ。レヴァルは父親から見捨てられ下層階級の家で育ち、その後の九年を異世界で過ごした。にもかかわらず、彼らには妙な絆を感じた。ヴィトセルクは血筋を大事にする、まさに王族そのもののはずなのだが。


「ほとんど知らないふたりが、まるで幼馴染のよう」

「いや、私たちはまんざら知らない仲じゃないんだ。子ども時代に奇妙な巡り合わせで一緒に冒険したんだよ」

「この不良王子は王宮を抜け出しては下層民の場所によく遊びに来ていた」

「あそこは私には窮屈きゅうくつな場所で、よく抜け出した。下町にいくと、あの場所には不似合いなほど美しい男がいて、周りの悪童たちを従えていた。それがこいつだ。エルフの血を引くと知りますます興味をもった」

「ああ、そうだな。王子とは思えんほど、バカでな」

「そう言って良いのか。父親の件で処刑されるところを助けたのは誰だ」

「俺を異世界に放り込んだろうが」

「ああ、だが、帰ってこれた。信じていたよ、友よ」


 チッとレヴァルは舌打ちした。私はあくび混じりに笑う。ふたりはくつろいだ様子で、お互いを笑いあう。そこには暖かい感情が流れていた。


 私はいつの間にか沈み込むように眠っていた。どのくらい眠ったのだろうか。


「殿下!」という声が聞こえて目がさめた。


 レヴァルとヴィトセルクはテーブルを囲んで椅子に座り、酒を飲んでいる。


「入れ」と、ヴィトセルクが声をかけ、青色の大きな書類箱を持った従者アスートが入ってきた。


「こちらに従者のことは記録されているはずです」

「ここに」と、彼はテーブルを指した。


 アスートが出て行くと、彼らは箱から数冊の記録簿を取り出して、それぞれが調べた。


「これだ。この男にちがいない、従者キールか。彼は炎の巫女に仕えていたが、あの最後の厄災の日にいて生き延びた一人だ。まるで起きることを知って、はじめから逃げたようだ」

「今は、どうしてる」と、ヴェトセルクが記録簿を覗き込んだ。

「ほお、面白い。現宰相グリングの従者になっている」

「これで我らの動きが筒抜けになっていることがわかる。さて、どうするか?」

「この男をとらえるのは愚かだな。シルフィンとの関係が悪化する。いずれにしろ、他にもおろう。これは、シルフィンだけじゃない。炎の巫女が現れたからには、隣のイオミア王国の密偵もいるのは間違いなかろう」

「誰も信じられないか、王子というのも、なかなか難しい立場だ」

「そういうことだ」

「あの厄災の日で炎の巫女とドラゴンの力は世界中にしめされた。どの国も欲しがる」


 ふたりはベッドの私を見つめた。

 多くの人が私を欲しがる。それは私にとって、良いことなど少しもない。


(つづく)

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