第7話 大国の思惑と王子の想い


 レヴァルの肩のうえで再び意識を失った。他人の心を読むのにも力がいるのかもしれない。


 意識が戻ると声が聞こえてきた。やわらかい声で、これはヴィトセルクにちがいない。


「それで、シルフィンの思惑は……、すこぶる問題だな。チッ、それでなくても頭の痛い問題が多いに」


 手探りでシーツをふれると柔らかい絹のような肌ざわりだった。先ほどは気づかなかったが高級品を使っている。これはヴィトセルクのベッドかもしれない。レヴァルは常に兵とともに同じ食事、同じ暮らしをする。ならば、ここはヴィトセルク用の船室で彼のベッドだろう。


 薄目を開けた。

 ロウソクの灯りにふたりの影が見える。


「まずい状況なのは間違いない」


 レヴァルの声だ。


「我が国はシルフィン帝国とイオミア王国の均衡きんこうのうえに成り立っている。シルフィンが炎の巫女を狙っているとすれば、イオミアも黙ってはいないだろうな」

「サラは、それでどうだ?」

「急激な変化をしている、そのことに混乱もしているようだ」

「そうか……、シオノン山の噴火は厄介な問題だ。ここまできて失敗は許されん」

「ああ、わかっている」

「父王の病気も、あるいは、シルフィンの工作かもしれぬという話だ。あるいは、レヴァル、お前の父親が毒をもったかもしれんがな」


 レヴァルは笑った。


「厄介な父を持ったものだ」


 私が起き上がると、ふたりがこちらを見た。ヴィトセルクが心配そうな様子で、近くきてベッドに腰をおろした。

 レヴァルは用心するように遠くにいる。


 私は顔が赤くなった。意識を失うまえに、とんでもないことを言った。あれは本当に私だったのだろうか。大人と子どもの間で、私の感情はまだ揺れ動いている。


「身体のほうは?」

「大丈夫です」

「急に倒れたとか」

「ええ」


 私は強いて流れ込もうとするヴィトセルクの感情を閉じた。


「無事にもどれて良かったよ」

「私はどうなりますか?」

「それは、私が聞きたい」と、ヴィトセルクはほほえんだ。

「なぜ、私から逃げたのだ」

「難しいのです」

「マセコにだまされたとか聞いたが」

「誰からですか?」

「昨日から、あの女が大騒ぎしているよ」


 マセコは何を言っているのだろう。


「だまされた、それが真実なのだろう。しかし、なぜだね……、我らはそれほど酷い扱いをしたのか。教えてくれ、なぜ?」


 なぜ? その答えは私も持っていないと思う。マセコにそそのかされたといえば簡単だろうが、それは違う。

 この世界へ来て、まだ数日。

 私は混乱した。これまでの常識がすべてくつがえされ、炎の巫女と呼ばれ、心が急速に大人になり、子どもの私と分裂する。


「少し、頭を冷やしたかったのです」

「では、あの女にだまされたとは言わないのか」


 ヴィトセルクの顔は真剣だった。


「だまされた……、そう言い切ればいいのですけど。マセコがシッゲイルにだまされたのは間違いないことです。少し時間をください」

「その時間は与えてやれぬ」

「私は混乱してるの。たぶん、マセコも、だから、時間が欲しいのです」


 私の身体の変化。これさえも自分では把握できてない。こういう時、ハカセなら何と言うだろう。私は頭を振った。ハカセは遠い。頼ることなどできないのだ。


「王子、私は記憶を取り戻して、ウルザブの一族に、あなたたちがしたことを思い出したのです」


 ベッドから起き上がろうとすると、すかさずヴィトセルクが手を差し出した。


 私はとても罰の悪い思いを感じていた。彼らが村の人々にしたことへの怒りと、そのことに、マセコほど怒りを感じないという矛盾した感情。


「あれは、不幸な出来事だった」と、ヴィトセルクが言ったときだった。


 呪文のような言葉をレヴァルが小さく唱えていた。


“d _haa ji’’m_ ta haa - garb d’ee”



* * *


 周囲を見渡すと、私は貧しい村の中央に立っていた。

 痩せこけた人たちが希望もない表情で、気怠げに仕事をしている。


 悲鳴が聞こえた。


『ママァ、ママァ、ママ……』


 子ども泣き叫んでいる。

 次に私は貧しい掘っ立て小屋のなかにいた。ベッドには骸骨がいこつのような女が横たわり、息をしていない。目を苦痛に見開き、口が半開きのまま、骨のような指が宙をさして止まっている。


 子どもはその女にむかって叫んでいた。


『ママ、起きて、起きて』


 痩せこけた子どもの顔には絶望しか浮かんでいない。


『誰、だれ…、あなた、あの』


 私は言葉もなく震えた。こんな悲惨な状況を見たのは、テレビで最貧国で暮らす飢餓に怯える人びとの姿しかない。


『これが、この国の現実だ』


 レヴァルの声が聞こえる。視線を向けるとかたわらに彼がいた。私は彼の肩に顔をうずめようとしたができない。

 これは幻覚なのだろうか。


『レヴァル、やめて』

『わかっている。悪いとは思っている』

『なぜ、こんなことを』

『見てもらうしかないだろう。言葉では説明できない』



* * *


 次の瞬間、私は豪華なテントのなかで膝をついていた。

 隣でレヴァルが申し訳ないという表情をしている。


「あ、あれはなに」

「今、フレーバング王国の村で起きてるひとつだ」

「なぜ、それを見ることが」

「俺は、エルフの空間魔術を操ることができる」

「現実なのね」

「サラ、君しかいないのだ。この国の厄災を止める力があるのは。こんなことを頼める義理ではないのだが……。俺が育った町の人々も、みな苦しんでいる。子どもの頃、仲間の多くも飢えに死んだ。噴火による降灰で作物が実らない。シルフィン王国からもらうわずかな作物で食いつなぐ生活だ」

「私ができるとは思えない」

「俺もいっしょに行く。必ず、お前ならできる」


 膝をついた私をレヴァルは抱き起こすとベッドにおろした。


 そして、肘をついたまま、私の顔を見ている。額に汗が浮かんでいるのは魔法による消耗なのだろうか、美しい顔に疲労が浮かび、それは、こんな時に感じるには不適説な感情だったが、彼はとてもセクシーに見えた。



 私は、自分で思っている以上に彼を愛しているのかもしれない。


(つづく)

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