第6話 エルフの取りかえっ子と炎の巫女の力
レヴァルとシッゲイルは互いに全く譲らず、
「そなたの名は」
「レヴァル・デ・フロジ侯爵」
「ああ、あのフロジの取り替えっ子ね。エルフの血をもつとか、美しい男は嫌いじゃないわ。どう、あたしのところで働かない?」
「それは、心惹かれる提案ですが、あいにくと我が国に
「その野暮用とやら、やめるつもりはないのね」
「父の遺産ですから、息子が受け取るしかないものなんで」
「おや、
私とマセコがフレーヴァング兵の背後に戻ると、そこにはガルムがいて、「危なかったな」と、笑った。
額に汗が溢れ、まだ息が荒い。必死に追いかけてきたのだろう。しかし、どうして居場所が知れたのだろうか。
「よく見つけたわね、ガルム」
「隊長が、ウルザブ村へ行くだろうと予想したんだよ」
レヴァル……。
私は彼の背中を見つめた。
「本気で言ってるわよ、フロジ侯爵」と、シッゲイルが未練そうな声で言った。
「私もです。シッゲイル公爵閣下」
「そう、ま、いいわ。今日のところは、このまま帰りましょう。オタクの国から帰国中に通りかかっただけよ。でもね、わかっているわね。シルフィン帝国に逆らうって意味をよ」
「公爵閣下」と、レヴァルは優雅に挨拶した。
「けっして貴国に逆らうようなこと、フレーヴァングのような国ができようはずがありません」
レヴァルはそう言うと優雅にお辞儀をして、背をむけ、こちらに戻ってきた。
「行くぞ」
ひどく機嫌の悪い声で彼はそう言った。
背後をみると、遠くでシッゲイルが恐ろしい顔で
私たちを追って助けにきたフレーヴァング兵は、ウルザブ川まで戻った。二艘の小船が浮かんでいる。途中まで小舟で来たのだろう。
私はガルムに抱きかかえられて小舟に乗った。
「全速で戻るぞ。シッゲイルが国に戻って兵を揃えて戻ってきたら、厄介だ」
「へい、隊長」
レヴァルの顔は冷たく人を寄せ付けない怖さがあった。
「あ、あの、ありがとう」と、礼を言ったが彼は答えない。
数秒の間、誰も何も言葉を発しなかった。小舟は下流へむかって進んでいく。
「二度とするな」と、レヴァルはふいに顔を近づけ耳元で怒った。
「いいか、俺から逃げようなどと、二度とするな」
彼の声は冷たかった。
私はこの男が気になる。彼の評価、彼の気分、この気持ちに言葉を当てはめるなら、それはどれが一番適切なのだろうか。
私はその言葉を知るのが怖いと、この時は思っていた。
「ええ……」
「サラさんよぉ」と、ガルムが陽気に笑った。
「見せたかったぜ、隊長のあわてようをよ。あんま心配させんな。俺たちも心配したぜ」
「レヴァルさまが心配?」と、マセコが呟いた。
身体が重い。心配という言葉に驚きはしたが、今は身体が自分のものとは思えないほど重く、ぐったりと小舟の
「ガルム、俺は心配などしておらん」
「また、またぁ〜〜。隊長」
「ガルムの……」という自分の声が途中で途切れ、私の意識は闇にとざされた。
(力を使うには、まだ、早すぎる)という声が心に響いた。
どれくらい気を失っていたのだろうか。気づいたときはベッドにねていた。床が揺れている気がする。
ここはガレー船なのだろうか……。
そっと
レヴァル。
「起きたか」
その声はこれ以上はないというほど冷たい。しかし、同時に彼の混乱した気持ちを感じるとることができた。
これまでとは違う、自分の異質性を感じる。
レヴァルの感情が流れてくるのだ。
ベッドの傍に腰をおろし私を見つめるレヴァルに、外面の怒りの感情ではなく、彼の奥に潜む深く底なしの孤独を感じた。
私は深い哀しみを感じる。
レヴァル、かわいそうなレヴァル。
その人生は裏切られることの連続だった。父親に捨てられ、国に捨てられ、それでもなお雄々しく、それに立ち向かうしか生きるすべはなかった男。
炎の巫女の身体と神経は
常人であったときよりも、多くのものが見えはじめている。心臓の鼓動から皮膚にあらわれる微細な反応まで。
目覚めた私に冷たく刺すように見つめる彼の奥に隠された、どうしようもない
(なぜだ、沙薇、なぜ、逃げた。
お前を失ったと思ったとき、俺はどれほど心配したか)
彼の言葉にしない声が聞こえる。同時に、そんな自分に戸惑うレヴァルの感情が大きく押し寄せてくる。
私はそっと腕をあげて、彼の頬に触れた。
熱い火に触れたかのように、彼はビクッとして私の手を払った。
「レヴァル」
私は上半身を起こして彼の肩に額を埋めた。
「よせ!」
「……レヴァル」
私は彼が隠したいすべての感情を悟ってしまう。
「レヴァル」と、私は耳元で囁いた。
彼はとまどい、なにも答えない。
「私を許しなさい、レヴァル。あなたは、自分で思っている以上に私を愛している」
(つづく)
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