第5話 炎の乙女の真の力


 10人ほど兵士が槍をかかげ、近づいてきた。


 彼らの周囲で白い粉が舞いあがり、兵士らの足が動く、踏みしめた場所の枝がスローモーションで飛んでいく。石が足元で飛び跳ね、ゆっくりと10秒以上をかけて落ちる。その全てを感じる……、不思議な感覚だった。


 感覚が先鋭化する。

 彼らの動きが遅い。いや、時の流れが遅くなっている。


 武器を持たない女がふたり……。


 向かってくる兵士たちは、あきらかに私たちをあなどっている。私の倍ほどの体格、その兵たちが無防備に見えた。表情、筋肉の動き、すべてを捉える感覚。


 槍が届きそうな瞬間さえも、コンマ秒以下でコマ送りして目が捉えた。


 バカみたいにニブイ動作でマセコが私の前に立ちはだかる。ひきつった声が耳に届くが、その声はこもり、意味をなさない。


 飛びついてきたマセコをその勢いを使って私は抱き抱え、地を蹴り、宙を舞った。


 足元をみると、槍が私のいた場所につきささり、そのまま兵たちはお互いにいきおい余って刺しつらぬきそうだ。


 身体が風になる。


 すべてが鮮明に見え、同時に五感が呼応する。

 私の巻き起こした風で砂の粒がゆっくりとした動きで舞いあがった。


 身体の記憶。遠く太古に知ったかのような身体の動きが、私を動かす。


「おぉぁ、まぁ、えぇ、わぁぁ……」


 シッゲイルの声が間延びして聞こえ、言葉の意味が取りづらい。


 地面につま先がついた。再び、跳んだ。足元で砂塵さじんが浮き上がり、ゆっくりと地上に戻っていく。


 気づいたときはシルフィン兵から、かなり離れていた。

 時が普通に動きはじめた。


「サラ、今のは、サラ」と、マセコが驚いている。


 返事ができない。急な動きに身体がまだ慣れていないのだ。痙攣けいれんし、ガタガタと震えている。


「に、逃げよう、殺される」


 そうは言ったが身体が覚束おぼつかない。

 驚いた兵たちは動きを止め、唖然として口を大きくあけ、目に恐怖が浮かんでいる。


「あんたたち! 殺しなさい!」という、シッゲイルの言葉に我に返ったのか、兵たちがこっちに向かってきた。


「マセコ、逃げて」

「サラは」

「今ので力を使いすぎた、身体が動かない」


 膝が震えていた。先ほどまで羽のように軽かった身体が急に鉛にでもなったかのように重い。

 私の身体に何かが起きている。


 まずい、まずい、まずい。

 心のなかで声がひびいた。


「サラ。ほんと、相変わらず、しゃくにさわるほど、馬鹿ね。私を放っておけば逃げられたのに」

「そ、そうよ、馬鹿よ。おかげで、足が動かないわよ。どうしてくれるの」

「ざまあ、って気分よ」

「いい機会よ、今度こそ、私を放って逃げるときだわね、マセコ」

「だわね。腕を出しなさいよ」

「ふたりで死ぬわよ!」


 その時だった。

 ヒュンっと耳元に音が響き、矢が私たちを通り越して、追いかけてきたシルフィン兵の最前列の男に当たった。


 矢は一本、また一本と正確に兵を狙いうち。シルフィン国兵は、あわてて盾で受け止めている。


 背後を見た。


 数メートル先、森の入り口にレヴァルが背筋を伸ばし両足で大地を捉え立っていた。細めた美しい目、額にシワを寄せた顔は余裕を見せたいのか、皮肉に微笑んでいるが、今の沙薇には彼の顔に浮かぶ汗が見える。


 その背後にはシッゲイル兵の数倍はいそうな仲間たちが控えている。

 彼らはこちらに向かって弓に矢をつがえたまま、シッゲイル兵に狙いを定めていた。


「走れる?」と、マセコが聞いた。

「いくわよ」


 身体のコントロールを失った幼児のような姿でギクシャクと歩いた。マセコに肩を抱きかかえられ、私はレヴァルに向かった。


「そこの、あんたたち!」と、シッゲイルの大声が飛んできた。

「フレーヴァングの兵ね。何しているのか、わかってやっているの? 弓を収めなさい」

「打ち方、やめい!」


 レヴァルの声に、弓に矢をつがえたまま、兵は止まった。

 レヴァルがゆったりとこちらに向かって歩いてきた。


「閣下。われらの女たちが襲われているようにみえたので」と、彼は優雅に言った。

「あら、心外ね。あたしの兵は、あの者たちを助けようとしているんでしょ」

「それは、殿下。失礼いたしました。誤解があったようですな」

「そのようね」


 シッゲイルとレヴァルはお互いに話しながら近づき、私とマセコはレヴァルの背後まできた。


「そのまま、向こうへ行け」と、早口で彼はいうと、皮肉に微笑んで言った。

「しかし、シッゲイル公爵閣下、我が最果ての地に何用で」

「あら、あなた。ここは、どこの国のものでもない中間点よ。たまたま帰るところで寄ったばかりよ」

「それはそれは、道中、どうぞご無事で」


 ふたりは、にらみ合い、お互いに相手を値踏みしていた。現状は、あきらかにレヴァル兵が多く優勢だ。まともに戦えば、シルフィンの負けだが、しかし、フレーヴァング側にも弱小国家という弱みがある。ここで、事を起こしては、のちが危ない。


(つづく)

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