第4話 シッゲイル公爵というキモい男。
私は転んだマセコの唖然とした表情をみて悟った。昔からそうだ。マセコはかんちがい女で、いつもとんでもない間違いを犯すのだ。この世界で覚醒したとしても、やはり、本質は変わらないって、もう、身にしみた。
「それで」と、私は冷たく言い放って、
「それで、どうなさるおつもりなの」
シッゲイルの頬がピクピクしている。私のような身分の低いものが傲慢な態度を取る、それに我慢がならないようだ。
右手で持つムチが、かすかに上にあがり、そして、下がった。
ピシっと自分のブーツを叩く。
「お前の姉、エーシルとか言ったわね」
「そうです」
「当時、我が国のものが、そちの姉とともにいたのよ」
「あなたの国の人間が?」
「そうよ。従者として彼女に仕えておりました。その者から、フロジとかいう宰相が彼女をどう扱っていたか、逐次、報告を受けていたわよ。我が国の男は、そなたの姉に恋心でも抱いておったのか。とぉっても怒っていたわ」
つまり、フレーヴァングの王宮にシルフィン帝国の息のかかった者、それも姉の近くにいたということか。
「シルフィン帝国が、その情報を知っていたのなら、姉を救うこともできたはずです」
「それはどうかしらね」と、彼は皮肉な口調で言った。
「他国の政治に介入することは難しいのよ。ただ、フロジって男がいけ好かない方法で炎の巫女を扱ったことはわかっていたわよ」
姉は11歳で誘拐され、虐待された。彼女に優しかった従者。男と言っていた。もしかすると……。
私は顔を上げた。
「姉をそそのかしたの?」
シッゲイルはにやりと笑った。
「姉に何を吹き込んだの」
「あ〜ら、それは
たぶん、間違いない。
姉は優しい従者から、復讐すればいいと
もし、その従者に吹き込まれなかったとしたら、フロジの望みのままに炎のドラゴンを呼び、姉は噴火を止めるために動いたのだろうか?
一族の伝承では、炎のドラゴンは霊峰の神。わが一族の神でもある。しかし、姉が呼んだのは白銀のドラゴン。
「あの時、なにがあったのか。今となってはわかりません」と、私は言った。「結果だけはわかっています。姉は死に、フレーヴァングの人々はその対価を支払い。その結果、私の村は滅んだ」
「まあ、そういうことね。お上手」と、彼はムチで軽く手を叩いた。
私は周囲を見わたした。
四方を10人ほどの兵士が見張っている。マセコは立ち上がり、汚れをはらい、不安そうな表情を浮かべている。
本当にもう、いまさら、不安になっても遅いわよ。
「私になにを望む」
「なにも望みませんよ。我が国のために働き、おとなしくしていただければね。ただね、あなたの存在は、あまりに不確定要素が多いのよ。だから、ここで終わらせることが安全かもって、そういう判断をしそうよ、あ・た・し」
では、私は何を望むのだろうか。この得体の知れないシッゲイルについて行きたいのか?
この1秒1秒、意識のなかでは何かがつながりはじめるのを感じていた。今までにない特殊な勘が危険を伝えていた。
誕生日を明日にひかえ、感覚が研ぎ澄まされ身体が変化している。身体がより軽く脳は活性化され、さまざまな記憶が呼び覚まされた。
両足を踏ん張ると、じかに土を感じ、大地の鼓動が聞こえ、空気の微粒子までみることができる。身体の細胞という細胞が泡立ち力を得ていく。
ふいに、私の周囲で風が舞い枯葉がうずまいた。
シッゲイルの顔に恐怖が浮かんだ。
「殺しなさい!」
シッゲルの声が遠く聞こえた。
「はっ、話が違う。私は、私はどうなるの」
マセコが叫んでいる。
「ふたりとも殺しなさい」
「は!」
「おまえたち、わからないのか。炎の巫女を殺せば、呪われるぞ!」と、マセコは必死に叫んだ。
「あなた、ほんと、お馬鹿さんね」
私はゆっくりと周囲を見渡す。
近いは遠い、遠いは近い。
マセコの顔が恐怖に歪み、私を守るように前に立った。シッゲイルは余裕のある表情で、左の中指を軽く曲げて部下に指示を与えた。
(つづく)
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