第3話 ほほに流れる血は心に流れる血より痛みは少ない



「まったく、そういうとこ、小学校のころから変わらない」と、マセコが意地の悪い顔つきをした。

「あなたもね」

「ねえ、サラ。エーシルへの仕打ちを知ったでしょ。どうして、あんな国のために私たちが働かなきゃいけないの」

「でも、あなたはレヴァルを好きだと思っていたわ」


 マセコはフンという表情で横を向いた。昔の彼女らしくて笑える。さあ、攻撃がくるって身構えると、やはり声のトーンが上がった。


「ほんと、昔から、あなたのそういうところが苛立つわ。まったく自分は知りませんっていう純真な顔して、いつも私の欲しいものを持っていく。芽衣だって、そうよ。クラスで一目おかれている芽衣が、なぜ、あんたなんかと親友なのよ」

「いま、そこ?」


 まったく、この女を一瞬でも変わったと思った自分に腹がたつ。


「その上に、この世界じゃ、炎の巫女ですって? そうよ、レヴァルだって」

「レヴァルは関係ないでしょ」

「何も知らないの。そこが腹立つわぁ〜〜〜」

「なんの話よ」

「なぜ、私がこの世界にいるか、わからない?」

「同じ一族の娘だからじゃない」

「違うでしょ、同じ一族だろうと、誰も私を迎えになんて来ないわよ。あんたじゃないもの。だけどね、あのバカなマセコは気づいていたの。レヴァルがずっとあんたを見守っていたことを、だから、レヴァルに頼んだのよ、私も連れていけと」

「どういう意味?」

「本当に、なにも知らないんだ」というマセコの顔は私のよく知っているマセ顔。例の優越感にひたった表情だった。


「レヴァルは、とても目立つのに気づかなかったのね。あなたの母親と話していたのに」


 レヴァルは巧妙に私から隠れていたのだろう。


「ハカセと」

「そう、だから、探った。あのマセコという何も持たない子は、いつもあなたが気になって仕方なかった、あなたのものを全部欲しがった。どうしてかわからないけど、いつもそうだった」

「その理由、私も知りたいわ」

「レヴァルがね『お前も竜一族の娘だな』と言ったわ。吐く空気が違うと言われ、全くイミフだったけど。誕生日を聞かれた。意味がよくわからなかったけど」

「レヴァルに?」

「そうよ、レヴァルにあなたの誕生日と一緒と言ったの。そうしたら、誘われたのよ。だから、先に来ていたの」


 私は周囲を見渡した。

 シッゲイルは木に背をあずけながら、興味なさそうな顔で立っている。とらえどころのない男だと思う。私たちを手中にすることで、彼は何を企んでいるのだろうか。


「わかったわ、彼と話しましょう」


 私は軽い嫌悪感を感じながらシッゲイルのもとに戻った。


「どうよ? お話はついたのかしら」

「その前に、なにを望んでいるのか教えていただきたいのですが」

「あたしの望みなど、ささやかなものです、炎の巫女よ。我らの希望はフレーヴァングと同じであり、同じではないということ」

「わかりにくい」

「簡単なことでしょう。あのような小国に、聖なる山シオノンの白マグマをかってに操作してもらっては困るということよ、おバカさん。フレーヴァングは小国、そこのとこ、わきまえてもらわないと」


 わざと作ったような話し方。シッゲイルは、ぞっとするような濁った目つきをしている。男が女を見る目ではなく、物体を見るような視線。彼は男も女も、そもそも自分以外に興味がないのではと感じると、身体が震えていた。


「シオノン山の噴火を止めたくないの」

「いえ、それはいいわ。ただね、それは我が国の管理下の元でやってもらわなきゃ。そうでなければ、別に止まらなくてもいい、そういうことよ」

「作物が枯れるでしょう」

「ええ、確かにね。フレーヴァングにとってはね。うちの国にとっては、そんなこと大きな問題じゃないの。わかる?」


 小国フレーヴァングにいかに不都合だろと、彼の国のエゴは止まらない。ウルザブの村はフレーヴァングに比較すれば降灰は少ない。ここより、さらに遠い位置にあるシルフィン帝国。影響はさらに小さいのだろう。


「さて、伝承によると、明日の誕生日で能力が開花されると。それはどういう意味なの」

「私にはわかりません」

「あら、わからないの」

「シッゲイル公爵殿下」と、マセコが口をはさんだ。

「10年前に起きた悲劇から、サラレーン様の能力に疑問を持たれるのは間違っております」

「間違っておる?」


 シッゲイルの視線が冷たく光ったのをマセコは気づかなかった。彼はプライドが高く傲慢だ。話の腰を折られるのに苛立っている。


 あの舞踏会で、どういう態度で接したかはわからないが、少なくとも、それは偽りの姿だ。公爵であり実力者であるシッゲイルは下位の進言しんげんなど許さない。


「それは、ですから、サラレーンさまは炎の巫女であり、選ばれし乙女であるということです」


 マセコが言った瞬間、シッゲイルは右手にムチをぐっとしならせ、瞬時に彼女の頬を打った。


 ピシっという音が森にひびく。


 あまりに叩き慣れたその動作に、彼女は避けることができなかった。頬に一線のミミズ腫れのような傷ができた。


 マセコは驚きのあまり悲鳴をあげることも忘れ、その場に仰向けに転んだ。つぅーっとほほに血がながれていく。


「シッゲイル公爵!」


 私は叫んでいた。


「なにかしら」


 彼の声はどこまでも冷たかった。


(つづく)

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