第2話 幼馴染の計画、マセコはマセコ


 この世界は一面の雪景色のようで、視界的には寒いと誤解してしまう。

 聖なる山シオノンから降る灰にグレイ色が混ざっていないからで、実際の気温は八度から十度くらいだろうか。寒いが零下ではない。


「ねぇ、マセコ。どうして、炎のドラゴンが聖なる山シオノンのマグマを鎮めると言われているのだろう。理論的に考えれば、白銀のドラゴン、氷のほうがマグマを鎮めると思うのだけど」

「私だってわからない。ただ、前の世界と違うことだけは確か。この地は二酸化炭素が多く、それを吸う私たちの呼吸が楽ということから考えても。マグマの性質が違うんじゃないかな。地球上のドライアイスと少し似ているような……、ここの誰かが白いマグマと言っていた。でも、知ってるでしょ、私の理科テスト。苦手だから」

「白いマグマ……、か。今はわからないことを考えても仕方ないわね」


 そんなことを話ながら進んでいくと、森の様子があきらかに変化した。

 フレーヴァング王国の至るところに降っていた白い粉がやんでいた。


「雪がやんだ」

「降っていませんね」

「不思議ね。そういえば、ここで暮らした小さい頃、降灰は多くなかった」


 気流の関係でもあるのだろうか。

 空を見上げると相変わらず厚い雲におおわれているが、地面に土の色が見え、木々に緑の葉が生えている。この風景には馴染みがあった。


 ウルザブ村に近いのだ。


「故郷……」

「ああ、9年ぶりの故郷」


 私はここに8歳まで住んでいた。記憶が戻っても鮮明ではなく、おおまかな思い出の断片でしかない。


 母がいて、父がいて、神官である祖母がいた。私が2歳のときに姉が囚われてから、父は無口になったと母は言う。そういう母も姉のお下がりの服を私に渡すとき、姉はどんなに賢く美しかったかと涙をこらえた。私には姉の記憶が全くない。だから、いつも返答のしかたに困ったものだ。


 その村は跡形もなく消えていた。あの惨劇から10年近くすぎているのだ。


「マセコ、これから、どうしようか」

「サラ、黙っていたことがあって、あの私……」


 パキっと乾いた枝の折れる音がきこえた。


「ようやっと、来たわね」


 岩の陰から数名の男たちがあらわれた。

 舞踏会の時に見たシルフィン帝国の制服を来ている。その制服組の真ん中で薄笑いを浮かべているのは、傲慢にほほをゆがめるシッゲイル公爵その人だった。


 なぜここに、彼が。


 私はマセコを振り返って叫ぼうとした。

 と、マセコが彼にむかって軽くお辞儀をした。


「お待たせ致しました」

「遅かったのね。あたしはね、待たされるのに慣れてないの」

「申し訳ございません」


 私は言葉を失っていた。

 マセコはシッゲイルと会うことを、もっと言えば、ここで落ち合うと知っている。私はマヌケかもしれない。それでもまだ驚きのほうがだまされたという感情を上回っていた。


 昔から、他人の悪意にすぐに反応できずにきた。今もそうだ。怒りよりも驚きが勝り反論ができない。


「炎の巫女、はじめましてと申し上げてよろしいかしら。私は、シルフィン帝国のシッゲイル公爵」


 彼は右手をくるくる回し、優雅に、しかし、おざなりに会釈すると、皮肉な表情で唇を曲げて笑った。腹立たしいほど、それは余裕のある態度だった。


 背後を振り返ると、兵が数人、後ろを固めている。


「マセコ」と、私は低く言った。「説明を」

「サラ、いえサラレーンさま。最初からの手はずなんです」


 そういうと、マセコはシッゲイルに向かって、「ふたりで話をさせてくださいませ」と、頼んだ。

「よかろう」


 マセコは、「こっちに来て」と、彼らから離れた場所に歩いた。四方を遠巻きに兵が囲んでいる。


「ヴィトセルクたちから逃げるんじゃなかったの」

「フレーヴァング王国の人間から逃げても、私たちに生きるすべはないわ。でも、シルフィン帝国の庇護ひごの元なら、それは可能よ」

「それは、フレーヴァングでも同じことでしょう」

「サラ、だって悔しくはないの? あの国の奴らによって、私の家族は惨殺された。ほら、ここを見て、私たちの故郷よ。今は、もう誰もいない。そんなことをした奴らの言いなりになるなんて、私には我慢ができない」

「だからといって、シッゲイルに」

「あの国は大国よ。フレーヴァングもシルフィン帝国には逆らえない。舞踏会で会ったときに話をしたのよ。もう弱い立場にはうんざり。私は強いものにつきたい」


 マセコは、やはり、マセコなんだと、このとき、ため息とともに痛感した。


「なぜ、私に黙っていたの」

「サラ。秘密はできるだけれないようにと、シッゲイル公爵殿下からお教えいただいて」

「その時はまだ記憶を思い出す前でしょ。なぜ、記憶が蘇っても」

「約束したマセコは、確かに幼い見栄だけで、あなたの鼻を明かすためにしたんでしょうが。でも、彼女は理解していなかったが、正しい方向を選んだと思ってる」


 私はマセコの顔を見た。やはり、こいつは手強いというか、一筋縄ではいかない女だ。言い分はわかるが、嘘を言っている。私たちは幼馴染だ。小学校からのつきあいだ。


「嘘ね」と、私は言った。

「そろそろ本音を言いなさいな」


 マセコの背がすっとのびた。


(つづく)


🌅    🌅    🌅


皆様、私の作品を読んでいただき、心から感謝しております。とても励みになりました。

本当に本当にありがとうございます。


来年ももっと面白い物語を提供できますよう、がんばります。


いつも読んでいただき、レビューや星、応援をいただき感謝にたえません。

ありがとうございました。


どうぞ、皆さま良いお年をお迎えくださいませ♡

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