第5章 異世界での戦い
第1話 悲しいことに、他人を信じない大人に成長していた
夜には再びキャンプファイヤーの炎がのぼり、昨日よりさらに親密になった仲間たちと歌い踊った。
私はマセコと示し合わせ、少しずつジャガイモや野菜、肉をスライスして干した非常食を集め、逃げる準備をした。そういう自分に後ろめたさも感じてもいた。いつの間にか、逃げることに罪悪感を感じるほど、私はこの仲間が好きになっていたのだ。
小学生のころ、ハカセが言っていた。
『幼い頃は、まだ自分を信じるほど経験が足りません。これは、自己充足についての説明です。幼いうちは根拠のない上面の自信だけで生きています。しかし、ほとんどの人は、そのまま大人に成長しますから、人は他人を信じてない動物だという結論にもなります』
ハカセ、私は他人を信じない大人になってしまったようだ。それは、悲しいことだと思う?
「どうしたの?」と、マセコが聞いた。
「なんでもないわ」
「どうか、サラ、ひとりで抱え込まないで。そのために私がいるのだから」
「ありがとう」
「迷いがでたの?」
「いいえ、それはない……」
私は嘘をつく。心の迷いをうち消すように嘘にすがる。
「ねぇ、マセコ。昔を思い出すわ、昔のこと……、小学生のころにね。あなたに親友と言われて、実は心のなかで反発していたのよ」
「気づいてた。でも、私はあなたが気になって仕方なかった。あの私だった子は、たぶん、意識の底でわかっていたのかも」
「それに似ているかもしれない。今の私は、この世界で起きた悲惨な過去と彼らを一緒にすることができないでいる」
「あっという間に
「努力をして、無理をしてね」
マセコが両肩に優しく手をかけると母親のように、「大丈夫よ」と、ほほえんだ。
「私たちは逃げることができる。そして、炎のドラゴンを探そう。きっと、そこに解決の糸口があるはず」
「そうね、マセコ、そうだといいわ」
私たちは準備を整えてテント内に隠した。そして、いよいよドラゴンの洞窟に向かう前日の深夜、こっそりとテントを抜け出したのだ。
私たちが逃げることを誰も気づかなかった。おそらく、思いもよらないにちがいない。
焚き火の近くでは、飲みすぎてテントに戻らなかった男たちがザコ寝している。そこにはあの気のいいガルムも嫌味なエルムスもいた。彼らは白夜の薄明かりのなか、灰の雪に埋もれ、黒い影になっている。
白夜のような薄明かりの夜が続く。
白い地面がかすかに光を乱反射して、キラキラするなかを私たちは走った。
ふたりの影が地面に投影している
どこへ向かうかは決めていた。
生まれ故郷のウルザブ村。それは、ドラゴンが住む崖下の洞窟からは近いが、近すぎるという距離でもなかった。
マセコは船長室から、この世界の地図を盗んできていた。
それによると、聖なる山シオノンの
岸辺を走ると目立つので、森側にはいり、川のせせらぎを聴きながら上流へといそいだ。
私は8歳の記憶を、マセコは9歳までの記憶から、その村を思い出した。
そう、この時の私は覚醒し成熟したと思っていた。それがいかにウブなことだったか、思い知ることになるのだが、その時は、のちの悲劇など考えてもいなかった。
「ウルザブの村まではどのくらいで行ける」
「たぶん、急げば3時間くらいで」と、地図を見ながらマセコが言った。
「3時間、駆けつづけるなんて、昔の私なら考えられないわ。ねぇ、クレア学院の運動会のこと覚えている?」
マセコは私の顔をみて、眉を上げた。
「今から思えば、運動会のスターは石塚か芽衣でしたね」
「あのふたり、足が早かった。でも、芽衣は本気を出してなかった」
「彼女はいつも8割で生きようってしていたから」
「どうしてか、いつも私に優しくしてくれた」
「私は、その関係に妬いていた」
「マセコ」と、私は笑った。
「あなたは、全く気づいてなかったのでしょうね」
「そうでもないわ。芽衣に好かれたいのだと思っていた」
マセコは顔の汗をぬぐった。
「ここでは走るのが楽、石塚にも勝てそう」
「自分はすごい運動音痴だと思ったけど。空気のせいだったのかもしれない。運動すると過酸素の状態になって、二酸化炭素が不足したんだと思う」
「いつも保健室に運ばれるのは、私とサラ」
そうだった。マセコは保健室のベッドでいつもバケツを抱えて吐いていた。
「なつかしい」
私の言葉に彼女は一瞬だけ口元をゆがめ、それから、「あちらの方向ですね」と、森を指さした。
それからも、私は不安と少しの罪悪感を忘れるために、あえて、育った世界の話で気を紛らせながら、マセコと走った。
(つづく)
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