第9話 公開ムチの刑をうけた悲しいエルフ



 レヴァルの美しさはエルフの血が混じっているため、しかし、私はエルフを実際に見たわけじゃない。


「レヴァルはエルフの魔法陣を使いこなす。あれで、やつは偉大な魔術師でもあるんだ。あの当時、彼に選択権はなかった。炎の巫女を探し出して名誉を回復するか。国に残って100回のムチ打ち刑を受けて苦しみながら死ぬか」

「彼は庶子と聞いてるわ。関係などなかったのに」

「民衆の怒りは王室にも向かっていた。レヴァルが生き延びる道はひとつしか残ってなかったよ」


 私はあのウルザブ村の惨劇を思い出した。怒り狂った民衆が私の家族を殺したことを。フロジ一族に対する憎しみも同じものだったのだろう。


 あの美しくプライドの高い男が公開でむち打ち刑。


 彼は死ぬしかない絶望のもとで異世界に渡ったのだ。そして、9年。どうやって生き延び、どうやって私たちを探し出したのだろうか。


 はじめて会った日。レヴァルは森のなかで太陽に向かって両手をひろげていた。この世界は常に厚い雲で太陽は隠れている。最後になる太陽の恵みを受けていたのだろうか。


 私はレヴァルの姿を探した。野営地を見渡してもいない。どうしても姿を見たいとあちこちに目を走らせた。


 薪を作るために斧を振り下ろしている彼を発見して、息が止まった。


「わが国の貧しさを見知ったであろう。炎のドラゴンの力が必要なのだ。その力は炎の巫女だけが操れるのだ」と、ヴィトセルクが話している。


 私は上の空でうなずいた。レヴァルは半裸で薪をわっていた。その白い背中にはいく筋もの赤くただれた傷跡が残っている。


「古くからの伝承してきた言い伝えを知っているかい? 赤き髪を天にたなびかせ、赤き衣を身にまといという、伝説の巫女の詩だが、教育係に聞いたことがある。詳しくは知らないがね」

「はじめて聞いたわ」

「そうか」


 聖なる山シオノンの噴火を操る力を持つのは炎のドラゴン。しかし、炎の巫女が召喚したのは白銀のドラゴンだった。姉は復讐ふくしゅうを果たしたのだ。


 私の一族はドラゴンについて詳しかったかもしれない。しかし、8歳で異世界に去った私はしっかりした教育を受けていない。


『選ばれし乙女はドラゴンをどう操れるの』と、聞いたとき、母は『それは、その力を得たものしかわからないのです』と、答えた。


 姉が生まれるまでの長い期間、炎の巫女となる娘は生まれなかった。なぜ、炎と呼ぶのか、それさえもわかっていない。


 村にあった言い伝え。それは古い詩であり吟遊詩人がリュートを爪弾いて歌っていた。そう、かすかに覚えている。


  うるわしき乙女

  ドラゴンの翼に立ちて


  赤き髪を天にたなびかせ

  赤き衣を身にまとい

  青き魔の珠をささげる


  天地はあがないの唄を奏で

  赤き乙女はその地に伏せる



 ここに炎の巫女という言葉はでてこない。そうだ、ウルザブの村で幼いころに何度も聞いていた。なぜ、忘れていたのだろう。


 王子の顔が近くにあった。


「サラ、君はますます魅惑的になっている。炎の巫女でなければ、僕のものにしたいよ」

「王子、私の処女性が壊れたら、炎の巫女としての力はなくなるでしょう」

「ああ、そう聞いている。だが、キスくらいはいいだろう。僕に許してくれないか、君の唇を」


 私は微笑みをうかべ、するりと王子の腕から手を抜いて離れた。


「王子、あなたはとても魅力的な方ね。多くの女たちが、あなたの前にひざまずくでしょう。あなたとキスしたら、私は壊れてしまうの。わからないの? すべてを得ようなんて思わないことよ」

「サラ、僕をじらさないでおくれ。すべてが終わったら、僕の妻になってほしい」

「まあ、王子。軽々しく言わないで。あなたは、きっと何人もの妻を持つでしょうから」


 私は王子を警戒しながら背後に下がり、くるりと後ろ向きになって、走り去った。ヴィトセルクは追いかけてはこなかった。


 枯れ枝には白い雪のように白灰がつもり、美しい雪景色のように見える。この世界のまやかしのように、王子の言葉は限りなく美しいが、それはまがいものにすぎない。



第4章完結

第5章につづく

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