第7話 キャンプ料理は塩味が基本
「逃げるならいつ」
「誕生日の前々日くらいに」
目的地まで、ここから半日だとすれば、私の誕生日まで日にちがある。おそらく、このまま野外キャンプで過ごし、この一隊は前日くらいに目的地に出発するにちがいない。
「いい考えね。それまで、しばらく休み、逃げる準備などしましょう」
「はい、サラレーンさま」
「ねえ」
「はい」
「あなたがマセコなら、私はサラで」
マセコは昔のちょっと偉そうな顔になった。
「わかりました。サラ」
「私たちふたりでは暴力に勝てない。外の兵士たちを味方につけておきましょう」
「昨日は、そのために」
「ええ、最善をつくそうと思っている。そして、ドラゴンについても、私たちは何をすべきか考えるときよ」
マセコはふっと悲しげな目をした。
「おそらく、お姉さまのエーシルさまも、同じように利発で素晴らしい女性だったのでしょうね」
「彼らは姉の扱いを間違えた。あの宮廷での身分の低いものに対する罰……。あれをみれば、彼らの文化意識がわかる。彼らはそれが悪いという教育も受けてなければ、人に上下はないという教育もないのね」
彼らはムチ打つことを当然だと考えている。なによりも酷いのは、打たれるほうも当然と思っていることだ。これは単純な思考なのだ。ムチで打たれれば、あとは反省などする必要がない。そのための罰。
「じゃあ、その日のために」
「我が一族のために」
私たちはテントから出た。
「おう、サラ。今日も踊るのか」と、ガルムは人が良さそうな顔をくしゃくしゃにして笑った。
昨夜、多くの男たちと踊ったことで、一部の男たちの態度に変化があらわれた。
「ガルム。ひとりじゃつまらないわ」
「俺も踊るぜ」
「楽しみにしてるわよ」
軽口を叩きながら、私は食事係の若い男の子に手伝わせてほしいと近づいた。
「あ、あの」と、彼は顔を赤らめた。
「僕の仕事……、だ」
「名前を教えて」
「ぼ、僕ですか?」
私は手を伸ばし、無骨な彼の胸に触れた。彼はビクッとして身体を引いた。
「そう、私はサラよ」
「知ってる」
「私はあなたの名前を知らないけど」
「僕は、あの、ルフって」
「そう、ルフ、よろしくね、それで食料の材料は」
「あ、こっちだけど、困る」
「これは今日の夕食用ね」
そこには大量のジャガイモに似た芋があった。この地の主食だ。
「この芋の名前は?」
「ペルナ」
「そう、私の生まれたウルザブ村ではジャガと呼んでいたわ。育った場所ではジャガイモと」
「ジャガって、変な名だ」
「ペルナだって」
ルフは、あどけない顔で吹き出した。彼は料理担当で、水をよく使うのだろう。両手の指の先が赤くすりむけ痛々しい。
私はジャガイモの皮を洗う手伝いをすることにした。
食事は基本的に朝夕2食だ。土地が弱り作物が育たなくなり、1日2食を食べることができる兵士はまだ恵まれているそうだ。貧しい村の人々は1食のみが多いと、ルフは話した。
「僕、だから運がいいんで。良い仕事にありつけた」
「そう、ルフ。それで今日もキャンプファイヤーかしら?」
「そりゃ、他に楽しみはないし」
「じゃあ、ジャガイモと、いえ、ペルナと肉のごった煮ね」
現代社会のような、ヒネくれた感情や知識を持つのは貴族たちばかりで、ルフは話すと気のいい少年だった。
少年ルフと笑いながらジャガイモを剥いていると、ドンっと音がした。
「肉を狩ってきたぞ」
イノシシに似た大きな動物の死骸がおかれた。牙が大きくどう猛そうな野生動物だ。
見上げると、嫌味だったエイクスが血で汚れた手で額をこすっている。
「エイクス。すごいじゃない」と、ほめると、彼は口元を歪ませ笑いを殺した。
「これで、夜は美味しい肉が食べられるわね」
「お前、これを、さばけるのか」
「さばいたことはないけど、やってみる」
「ほほう。これは女の仕事じゃねえ。俺がさばいてやるわ」
「エイクス、大好きよ」
「妙なこと言ってんじゃねぇ」
私は、ほがらな声で笑った。
すると、私のまわりに男たちが集まってきた。
「なんだ、エイクス。今日はやけに張り切って狩に行ったと思ったら、そういうことか」
「どういうことだ」
エイクスはすぐに気色ばむ。私は再び笑った。
「誰が私のために肉をさばいてくれるの?」
「お前なんかのために、誰がやるかよ」と、エイクスが言う。
その言葉でさらに笑い声は大きくなった。
何事かと、キャンプ場に残っている他の男たちも集まってきた。
「おやおや、みんなジャガイモを洗いたいの?」
「ああ、俺が手伝ってやるよ」と、人のいいガルムがしゃがんだ。
「チッ、ガルム。お前だけいい顔すんなよ」
「ああ、そうだ、そうだ」
陽気に話していると、集まったものたちは故郷の話や、残してきた恋人の話などを、
背後から声がした
「ほお、楽しそうだな」
ヴィトセルクが立っていた。気づくと全員が片膝でひざまずき頭を下げている。
(つづく)
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