第5話 覚 醒(後編)
私は思い出す。
私の手を引く祖母、子どもたち3人の手を繋ぎ、私たちは美しい森のなかを歩いていた。
ここはどこ?
太陽が木々の間から白い線となって落ち、そうぞうしい虫の声があちこちから聞こえてくる。暑かった、息苦しくさえあった。呼吸が辛い。
森のなかに灰色の見たこともない高い壁がある。
門には鉄格子が入っている。
入り口に小さく文字が書かれていた。
「なんて書いてあるの?」と、私は聞いた。
「これは、『財団法人遺伝子モデル研究所』と書いてあるのだよ」
「それはどういう意味?」
「数千年という遠い昔に、お前たちの祖先の多くがこの地に逃げて来た。われらの一族は現地人と血を交え、この地に合うように長い年月をかけて身体を馴染ませてきた。ここは数千年前から連綿と続くわが一族の組織だよ」
「わからない」
「わからなくて良いのだ。これから、お前たちの記憶は封印される。いま聞いたことも、ワシのことも忘れる」
「いや、それは、いや。お父さま、お母さまを忘れたくない」
「仕方のないことじゃ。ワシを
「この地は我らの命を奪う。ワシは充分すぎるほど生きてきたようだ」
灰色の四角い建物から数人の人が出てきた。
その内のひとりの女性が祖母に向かって、「本当にあったのですね。ここの蔵書に伝わる伝説の世界が」と、彼女は目につけた不思議な道具を顔の正面に修正しながら言った。
「日本人のルーツのなかに解明できない遺伝子がまざっておりますが、それが、あなたたちのものであるのか。非常に興味深い」
女の声は冷たく、どこか他人事のようだった。
「博士、この子を頼む。サラレーンという、我らの最後の巫女だ。お前たちの血は異世界でうすまったが、この子たちは純血だ」
「わかりました。それから、そちらの子は」
「ひとりは魔法陣の影響で脳に損傷ができた。気の毒なことをした。もうひとりはマセリン、将来、なにかあった時はサラレーンを守るために一緒に」というと、祖母は優しげな視線で私を見て肩を抱いた。
「では、それぞれに養父母を探しましょう。この巫女は私が育てます」
「ありがたい」
ハカセは私をみると、不気味な笑顔をつくった。それが私とハカセの最初の出会いだった。
「では」と、祖母は言った。
「おばあさま、帰ってしまわれるの」
「いや、最後の力を果たそう」
そう言って、祖母はほほえむと私を抱きしめた。
「幸せにな」
祖母は魔法陣を空中に描くと、私とマセリン、木原と名乗ることになる美しい女の子の額に当てた。その瞬間、白い雲がかかり、私は記憶を失った。
目覚めた時、地面にひとりの老婆が息絶えていた。彼女の身体は、ぷすぷすと燃え黒い塊になっていた。それが祖母だと気づくこともなく、ハカセによって建物のなかに導かれた。
これが私だ。
炎の巫女、一族の血を引く純血種であり、特別の力を授かった竜一族の最後の希望、そして、その生き残り。
(つづく)
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