第3話 さようなら、沙薇という名の少女


 岸辺近くに野営地がたてられた。手ぎわよくテントが張られ、食事の準備ができている。フレーヴァング王国は貧しく、王は病だ。こうした国の兵だが訓練は行き届いているようで……、


 私は疑問に思う。この士気の高さ、いったい誰によって保たれているのだろうか。


 隊長であるレヴァルは兵とともに船のかいを漕ぎ、今も率先して野営地を作っている。あっという間に兵の心を掴んだのか。だとすれば、あのオレさまは優秀な男なのだろう。


 陸に降りてきたのは歴戦の兵士と漕ぎ手であった者の一部。そして、数名の食事などを準備する雑用係がいた。私たちを含めると総員で35名くらい。兵にも階級が間違いなくあって、漕ぎ手に駆りだされたのは下位の者だ。


 そして、階級に関係なく、誰もが私とマセコを遠巻きにして近づこうとしなかった。


 赤髪の竜一族は嫌われている。


 知らない罪によって責められるのはうんざりだが、マセコは全く気にしない。ヴィトセルクとレヴァルにまとわりついている。


 夜はキャンプファイヤーで酒も入った。


 マセコはレヴァルの横に座っていた。

 王族のヴィトセルクはこうした兵とは食事しないようだ。船に戻って船長室で特別料理を食べている。


 私はマセコとレヴァルから離れた場所で、男たちの間に「ここに座りたい」と、強引に入り込んだ。


 私が割り込むと、彼らは驚いた様子だったが抗議はしなかった。

 いや、自分でもこんな大胆な行動ができることに驚いたけど。


 夜のキャンプファイヤーは人を無防備むぼうびにする。


 焚き火を真ん中に、酒がはいるにつけ、そこかしこで笑い声があがり、そして、食事係だった男がリュートに似た楽器をかき鳴らしはじめた。誰かが適当に丸太を太鼓がわりに叩いている。


 私の左右に座る男たちは静かに黙々と酒を飲み、肉を食いちぎっていた。


「沙薇よ」と、私は隣で身体をよけている男に音楽に負けないような声で自己紹介した。

「あ、あの、ガルムでさ」


 190センチは超えていそうな大きな身体に、ヒゲを伸ばしたゴツい男だったが、なぜか小さくなって答えた。人の良さそうな男だ。


「あなたは? 私は沙薇」と、右側の男にも挨拶した。

「知らねえよ、炎の魔女」

「あら、私は沙薇。その炎の魔女じゃないわ」

「チッ」と、男が言った。

「はっきり言っとくぞ。俺の父ちゃんは、あんたの、いや、あんたのとこの魔女に殺された」

「おい、やめとけ」と、ガルムが止めた。

「いや、これだけは言わせてもらう。ドラゴンをあやつって容赦なく殺したのは、あんたの仲間だ」


 これだ、これが聞きたかったんだ。


「そんな話は知らないわ」

「ふざけんなよ」と、男の声が一段と上がる。

「お前なんざ、俺は信じねぇ。結局、また全員がやられるにちげえねぇよ。それにこの先だって安全じゃねぇ。洞窟まで届けるのが俺らの役目だ。その後は知らん」

「つまり、こう言いたいのね。私を助けたくないけど、ドラゴンの力は欲しいと」


 男は鼻をすすると、「どの口が言いやがる」と、悪態をついた。


「気に入ったわ!」


 私は大声で言って、背中をドンと叩いた。男は驚いたように目を見開いた。


「はよ、ねてないで、名前」

「拗ねてなんかねえよ。エイクスだ」

「そう、あんたがエイクスで、こっちはガルム。ふたりはフレーヴァング王国の名誉ある騎士団ってわけね」

「ま、そうだ」


 私は、わざとのど仏をみせて、口を開けて大らかに笑った。そして、えり元のボタンを外し胸もとを強調した。男の目が欲望でぎらつくのを感じる。


「この世界の男は臆病ね」

「なんだと!」

「だって、こんな女ひとりにおびえてる」

「だれが怖いと言った」

「うふふふ」と、私はまた胸を強調して空に向けて笑った。


 私がこの世界で得た顔は美しい。この男たち全員を誘惑して味方にすることができるくらい美しいと思う。自分に馴染なじみのない顔だからこそ他人の目で評価できる。それで、私の命はながらえる。


 ハカセ、私はこの地で生き延びるよ。


 パチパチと音を立てて燃える薪は火花を散らしている。リュートと太鼓の音が大きくなり、火の向こう側にレヴァルがいる。無意識に彼に微笑み、彼に見せるような顔で両サイドの男たちに微笑んだ。


「さあ、ガルム。難しいこと考えたって、しょうがない。踊るわよ」


 私はシャツの裾を胸元で縛り、肌を露出すると立ち上がって軽やかにステップを踏んだ。

 ガルムと名乗った人のいい男が立ち上がり、顔の横で手をうちながら、私のダンスに合流してきた。


 私は笑う。

 男たちは、それを見て酒の力もあり警戒心を解きはじめた。いつの間にか踊りの輪ができていた。白夜はいつまでも続き、私たちは酔って立ち上がれなくなるほど、笑い、踊り、飲んだ。



 その姿を冷めた目で眺める、もう一人の私がたたずんでいた。


 その夜、日付が変わる頃に脳の一部に固まった白い霧が晴れた……。

 霧は記憶という名の私の真の姿を表面にだすために消えていく。


 そう、私は竜一族の娘だ。

 祖母によって封印された記憶が、呼び覚まされていくのを踊りながら感じた。私は生まれ変わる。この世界の女にもどっていく。


 さようならを言う時がきたのだ。普通で平凡だった沙薇さらという名の女の子に。


 さようなら、私の子ども時代。さようならハカセ、さようなら……、私の大切だったお母さん。


(つづく)

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