第2話 自分が主人公であることの戸惑い
単調な舟旅は早朝にはじまり夕刻までつづいた。
こういうとき人は人生を考えてしまうものかもしれない。
芽衣のように誰もが特別だと思う子、あるいは、ハカセのような知能。私はなにも持ち合わせてなかった。
それでも、心のなかでは人生の主人公になりたかった。
この世界で私は期待され、注目され、大いに嫌われている。実力もないのに、ふってわいたように主人公に押し上げられた。
私は喜ぶよりも足がすくんだ。こんな私に期待する人々に言いたかった。私は違う。なにかが間違っていると。その一方で、もう一人の私が自信いっぱいに笑っている。私のなかに、別の私が生まれ、過去の私をあざ笑っていた。
隣にレヴァルがいた。
彼の指に
この幸福でありながら、せつない時間をどれほど語っても、私は語りつくせないだろう。
過去も現在の私も、胸が痛くなるような思いで彼を見ている。私は彼とふたりきりになりたかった。
と、ふいにガリっという大きな音が聞こえた。
「船長!」
誰かが船首に走って、川底をのぞき込みながら叫んだ。
「これ以上は危険だ。水深があまりない。この船の
「戻せ! 戻せ、戻せィ!!」と、鬼のような形相で船長が叫んだ。
「よお〜〜さ。帆をおろせ! 急げ、
男たちが慌てて帆を下ろす。レヴァルは一瞬だけためらい、「またな」と軽くほほえみ、手を離した。そして、集団に溶け込み、指示を与えながら率先して帆をおろす仲間になっている。
「急げ、ヤロウども、急げ。
船長はグルグルと舵を左に回し船は大きく向きを変えた。ガリガリと底をこする音がする。
「ヨ〜〜ソロー!」
「こりゃ、いけねえや。これ以上は船が動かなくなりまっせ」
「イカリを下ろせ!」
男たちはキビキビと動いている。鎖がジャラジャラと音をさせ、イカリが川底へ沈んでいく。
「小舟を出せ」
「野郎ども、小舟を下ろせ! グズグズしてると、船に穴があくぞ、船体を軽くしろ!」
漕ぎ手の男たちは10代から20代前半といった若者が多い。ヴィトセルクもレヴァルも30歳近い年齢で、船乗りたち比べれば年齢が高い。
ヒゲの濃い船長だけが50歳くらいか、兵士のなかには漕ぎ手に加わらなかったものが10名ほどおり、彼らは、20代後半から30代の熟練兵士に見えた。
小舟が降りた。
そういえば、マセコは?
甲板にマセコがいない。そもそもうるさい女だ。
「マセコは?」と、声をあげた。
「船酔いで船長室にいるよ」と、ヴィトセルクが隣にきた。
「船酔い?」
「ああ、船医が世話をしていたはずだが。誰かを迎えに行かせようか」
「いえ、それならいいの」
ヴィトセルクは喧騒のなかで、ただ、おっとりと立っている。まさに王族だった。
「ここで降りるのね」
「ああ、そうだよ。陸にあがるのは私たちと兵士。数名は船に残って帰りを待つ予定だ」
「ドラゴンと渡りあうには少ない兵じゃない」
「ドラゴンとは戦わない。というよりも、戦えない。あれは神獣だ。たとえ1000人の兵がいたとしても勝てる相手じゃない」
「では、どうするの」
「炎の巫女、それがあなたの使命だよ」
炎の巫女など、さらにドラゴンなど知らないし、その上、なんとかできるとは全く思えない。その方法も知らない。あの嘆きの森で見た人の氷柱を思い出した。あんな恐ろしい力のあるドラゴンに、私の力で何ができるというのか。
彼らは、私とマセコに期待しているようだが、それは間違っている。決定的になにかを間違えていると思う。しかし、誰も私の言葉に耳を貸そうとはしない。
「不安そうだね」と、ヴィトセルクが言った。
「ええ、不安よ。間違っていると思うわ」
「さあ、小舟に乗るよ、沙薇。縄はしごで降りるから、できそうかい」
ヴィトセルクが船腹から下をのぞいて教えた。
川に浮かぶ小舟は上下に揺れて待っていた。そこまでの距離は甲板から2メートルはあろう。桟橋のない場所では縄はしごを伝って小舟に降り岸辺に向かうしか方法がない。
「私、泳げない」と、マセコの声が聞こえた。
青い顔をして、ぐったりしたマセコが甲板にいた。これは、船長室でだいぶ吐いていたのだろう。
「泳ぐ必要などなかろう。下までおりるだけだ」
マセコは絶望的な視線で私に同意を求めて来た。
「さあ、行け」と、レヴァルが近くにきた。「大丈夫か、いけるか」と、耳元で囁いた。
「降りるわ」
私ははしごの一段目に足をおいた。
船腹は風が強い、身体がもっていかれそうになる。下を見ると怖くなって足が進まないにちがいない。
一段ずつ、足で縄を探りながら降りて行く。
「私は行かない!」
悲鳴のような声が、甲板から聞こえてきた。
どうするつもりだろうか。マセコが拗ねたら、手の施しようがないって知っている。
しかし、驚いたことに、マセコの尻がみえた。
え? そう思ったとき、甲板からレヴァルがのぞいて彼女の腕を取っている。強引に抱きかかえたようだ。
「レヴァルさま〜〜〜」と、泣きついている。
「降りろ!」
思わず凍りつきそうな声でレヴァルが命じた。
それは、私が小舟にいた兵のひとりに抱きかかえられて降りたときだった。
(つづく)
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