第17話 マセコの涙と王子の無知
翌日、「お嬢様」と、チアルに起こされた。
「もう、朝なの、早いわね」
「はい、午前5時でございます」
カーテンが開けられていた。窓の外は相変わらず降灰が続いている。
「朝早くから申し訳ございません。先ほど、アトリさまから出発が早くなったと聞きました。ですからご準備しなければなりません。私たちを救う旅に出てくださると聞いております」
チアルは旅装の服を持って来ていた。
それは、男物のような格好で、茶系のパンツにベージュ色のシャツ、そして、上着だった。
「あの、それから、髪を切るように言われております」
その時だった、悲鳴とともにマセコが部屋に飛び込んできたのだ。
「
泣き叫ぶような声で彼女は私の膝につっぷした。その後ろからアトリが追ってくる。
「真美子さま、お着替えを」
「お前なんか、あっちに行け!」
「しかし」
「二度とあたしに近づくな。沙薇、あの女、可愛く髪を切りますって、だから任せたのに、鏡がなくて……。気がついたら、こんな男の子みたいな。レヴァルさまがなんと思うかしら。シッゲイルさまだって、私の髪が綺麗だって、もう、あたし、もう」
髪を切られたって、でも、怒りはそっち? レヴァルがなんと思うかが大変なことのほう? やはり、どこへ行ってもマセコはマセコだ。
昔から長くストレートな髪が好きなマセコは、髪を自慢にしていた。
その自慢の髪がほぼ男の子みたいなショートヘアになっていた。
「でも、可愛いわよ、その髪型でも。ボーイッシュで」
「いい加減なこと言わないで!」
「あのね、マセコ。私たちはどうもドラゴンに会わなきゃならないのよ」
「そうよ、それがどうしたの」
「この世界で、赤髪が嫌われているって、知ってるの?」
「なに、それ」
騒ぎを聞きつけたのだろうか。レヴァルとヴィトセルクが部屋に来た。
「まだ、村人に
「なんで、あたしが襲われなきゃならないのよ」
「この赤髪は嫌われている一族の印なのよ」
「えええ? そんなこと聞いてないわよ。あたしを嫌うなんて、バッカじゃないの」
いや、小学校時代から微妙に嫌われていたから。
「あなたたち」と、私はレヴァルとヴィトセルクを見た。
「マセコに話してないの?」
「なんの話だね」と、ヴィトセルクが微笑んだ。
「しらばくれるなよ、ヴィト」
「まったく君もだ、レヴァル侯爵。王家に対するリスペクトはないのかね」
「あいにくと、育ちが悪いんで」
「まあ、良い。真美子ちゃん、しっかり説明しなかったアトリが悪いね。あとで罰を与えておこう」
いや、それは、それにヴィトセルク、もうムチ出してるから。ま、あの気難しいメイドの鏡みたいなアトリにムチって、ちょっと嬉しい……、いやいや。
「チアル。ニット帽は」
「こちらにございます」
チアルはうつむきながら、白いニット帽をヴィトセルクに手渡した。
「おいでなさい、真美子ちゃん」
マセコ、いい男には弱い。涙目で王子の近くにいくと、王子がニット帽をかぶせた。
「ほら、鏡をみてごらん。とってもキュートだ。僕はこの真美子ちゃんのほうがかわいいと思うな。だろ、レヴァル」
レヴァル、あの華麗な顔で目が点になっている。
マセコがレヴァルを振り向いた。レヴァル、さあ、あなたの出番だ。
「あ、ああ」
「ああって、そのあとは、レヴァル侯爵」
「か、か、か…かわいい」
レヴァル、顔が赤い。おそらく、女の子にはじめて「かわいい」って言ったんじゃないか? まるで、はじめてのお使いの子どもみたいだ。
マセコ、ひとしきり暴れたし、切られた髪はもどってこないからって、悲しげな同情スタイルのぶりっ子顔でレヴァルとヴィトセルクにむかって微笑んだ。
ヴィトセルク王子が、ほらなって顔をレヴァルにしてる。
王子様、ドヤ顔だけど、ほんとは何もわかっちゃいない。
私はご丁寧に小学校から高校卒業まで、この天敵かんちがい女と付き合ってきた。こやつが脳内で、どうすべてを変換しているかって、もう、今では120パーセントの確率でわかる。
間違いなく、ロックオンしていたのはレヴァルだったのに、ヴィトセルク王子を天秤にかけはじめているから。
(ああ、王子様、私はレヴァルのものなの。だから、そんなに私を好きでも、あ、困るわ。悲しい気持ちにさせると思うと辛いわ)なんて、妄想全開で考えてるから。
私はレヴァルを見て、そして、ヴィトセルクに視線を移した。
「旅が早くなったとか」
「そうなのだ。こちらの事情でね、もう少し城に滞在してもらって、慣れてから行こうと思っていたのだが、申し訳ない。危険が迫っている。いずれにしろ誕生日をすぎなくては、君たちの能力も現れないからね」
「それは、ドラゴンとのなにかの絆ってこと」
「ああ、そうだよ、沙薇ちゃん」と、彼は、とろけるような微笑を浮かべた。
「シルフィン帝国から口出しがある前に出発してもらいたいのだ」
「あら?」って、マセコが頬を赤らめた。
「シッゲイル公爵殿下も? そんなに私に……、ね!」って、同意を求めてきたんだよ、マセコが。私に!
これで、シルフィン帝国の実力者も妄想に追加されたのはまちがいない。私はマセコを親友だと思ったことも仲がいいと思ったことさえも、一度もない。しかし、この世界で現代を知る唯一の相手であることも確かだ。
マセコがいると、私は常に下世話な現実に引き戻される。
今回の出発が早まったのは、昨夜、マセコがシルフィン帝国の実力者に顔を売ったせいだと思うが、そのことに全く気付かず、かんちがいな方向に妄想する彼女をみていると、なぜか、世界は平和でそれほど難しくはないと思えてくる。
「では、ご準備を」と、アトリが間に入った。
私はチアルを見た。彼女は軽く腰を下げて会釈するとハサミを手に近づいてきた。
第3章完
第4章へつづく
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