第16話 女を守るエルフの血脈


 レヴァルは怖い顔でシッゲイルとマセコを見ていた。


「お前は、この場から逃げたほうがいいだろうな」


 彼にそう言われると、なぜか嫌われたように感じた。最初から好かれている訳でもなく、だから、嫌われる理由もないが。それでも、心が落ち込むのだから自分を持て余す。

 芽衣、芽衣……。私はどうしちゃったんだろうか。


「おい聞こえてるか」と、レヴァルの声は厳しかった。

「え、ええ」

「シッゲイルは大国の実力者だ。竜一族の女たちが現れたと聞いて、わざわざやってきたのだ」


 私は深呼吸した。ここにはハカセも芽衣もいない。いるのは、あのマセコだけだ。もう一度、深呼吸して冷静な声で言った。


「竜一族って嫌われているのに、なぜ、そんなに注目を浴びるの?」

「まだ、知らないのか」

「あのね、あなたが説明もなしに、いきなりこの世界に呼んだのよ。どうやって知ればいいの」

「まったく。説明はしただろう」


 私は吹き出した。


「まさか、バカなの、レヴァル。あんな言葉だけで」

「よく行っていたスタバの老婆に暗示をかけておいたろうが、聞いただろう」


 え? どういう意味? 聞こうとしたとき、レヴァルに腕を取られた。


「さあ、もういい、今は歩け」


 彼はそう言うと、ベランダから庭に降りた。


「ついてこい」

「それで?」

「あのオドオドと怯えた昔のお前はどこに消えた。女ってのは、わからん生き物だが、それでいい。あのままではこの世界では弱すぎる」


 そう言うと、彼は少し嬉しそうな声で付け加えた。


「ともかくだ、竜一族は謎が多い。詳しいことを知るものはいない。だが、昔から彼らは恐れられ、尊敬され、憎まれている。ドラゴンを統べる力を持つことは諸刃もろはの剣だ。だから、彼らはこの世で迫害はくがいされてきた歴史が長い」

「まるでユダヤ民族みたいね」

「なんだ、それは」


 私は笑った。その声に、レヴァルは苦痛を受けたように眉をひそめた。


「ほら、あなただって、知らないことがあるのよ」

「ともかくだ、お前の一族は死に絶えたのだ」

「それでなぜ私とマセコをこの世界に連れ戻したの」

「シオノン山の怒りをしずめるためにはドラゴンの力がいる」

「かってな理由というわけね」

「そうだ。俺は自分の地位を得たい。それに、お前たちがあの冥界で長生きできないことも知っている」

「なぜ、そう言い切れるの」

「9年だ。俺は冥界をさまよっていた。その間に身体の力が急速に衰えるのを感じた。お前だってわかっているだろう。ここの空気は生きるに楽だと」


 9年……。たったひとりで名誉を回復するために彼から見れば異世界にいたのか。


「それにしては、ずいぶんと適当な誘いかただったわね。私に拒否されたら、どうするつもり?」

「それはない。事実なかったろう」

「言い切れるの」

「ああ、女が俺について来なかった記憶はない」


 いや、ちょっと殴りたい。このモテ男の自信には腹がたつ。


 そう、私はこの時、まったく彼のことを知らなかった。彼の9年間がどういうものであったのか。のちに、私はそれを知って心から愛おしく思ったものだ。


 レヴァルは日本に来てから4年で私たちの存在をわり出していた。その後、5年間をあの世界に残ったのは、育ての母であるハカセとの相談結果だった。

 18歳になるまで、まだ5年の時間が残っている。その時間を平和な場所で過ごさせて欲しいとハカセに頼まれ了承したのだ。その間、あの『財団法人遺伝子モデル研究所』で働いたという、ただ私の成長を見守りながら待っていた。


 彼はこの事実を最後の最後まで教えなかった。

 本当に、なんていうか可愛げのない男だ。

 舞踏会のこのとき、私はまったくレヴァルについてわかってなかったのだ。


「あの世界にいて良いこともあった。この世界の制度のひずみがみえた。いつか、俺はこの世を変えてみせるつもりだが、そのための権力がいる。だが、今は、その話はあとだ。さあ、行け。シッゲイルに見つかると、後々、厄介だぞ」


 私は光り輝く舞踏会場を見た。

 マセコが頬をそめながらシッゲイルと踊っている。男が笑い、マセコはさらに笑い。


 あぁ、あっ、マセコ、つまずいた。


 マセコ、マナー教室でダンスは勉強より熱心だったと思うが、緊張しているのだろうか。


 私は舞踏会場を振り返り、それからレヴァルを見た。この男の言葉を信じてよいのか迷った。レヴァルの顔にあるかないかの不安が浮かんでいる。その暗く冷えた瞳に嘘はないように見えた。


 私は庭に足を踏み入れた。

 ここには夜がない。北欧の白夜に似て、夜でも薄明るい。


 常にふりつづく白い灰がつもった地上は、歩くとカサコソと音がした。舞踏会場が騒がしく、あれほど明るくなければ、こっそりとはむずかしかったろう。


 背後を振り返るとレヴァルがいつまでもこちらを見守っていた。


(つづく)

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