第15話 私のなかの、みだらな気持ち


 レヴァルも舞踏会場から逃げていたのか。白い燕尾服えんびふくで正装した彼はさらに美しく光輝いている。


「あなたこそ、こんなところで何をしているの」

「人に酔ったよ。こういう世界は苦手だ」


 今朝の儀式で彼は復活したとか、いったいどんな秘密を抱えているのだろうか。


「苦手? 貴族なんでしょう」


 彼は、ふんと鼻で笑った。ほんと、どこまでもオレさまな男だ。

 この世界の男たちも同じように白い肌に白い髪だが、彼ほどの美しさをもつ者はいない。


 線の細い顔の輪郭りんかくに形の良い鼻、薄い唇の酷薄さを打ち消すように、その目は深く理知的で、どこか悲しみをたたえている。この高雅な容姿は、いろんな意味で目立ったことだろう。あの小学校時代の木原のように。


「そう言えば、汚名をそそげたとか?」

「ここに来て、ほんの一日でずいぶんと雰囲気がかわったな」

「質問の答えになってないわ」

「お前はこの世界の人間だ。だから、身体が空気にあって心と身体が整ったのだろう」


 話をはぐらかして、彼は私の質問にまったく答えない。


「私は、それが嬉しいとはあまり思ってないけど」

「それは、まあ、俺と同じだが」

「どういう意味?」


 レヴァルは顔を上に向け、無造作に頭を振った。美しく輝くプラチナブロンドの髪から、粉雪のような灰がおち、キラキラと光をはなった。この男は本当に美しい。どこまでも人を寄せつけず冷酷で美しい。


「部外者ということだ」

「あなたが部外者なの? そう見えないけれど、たしか、フロジ侯爵とか、そういう地位に戻ったのでしょう」

「ああ」

「お父様はなにをして爵位を剥奪はくだつされたの」

「さあてね。そんなことを聞いてどうする。いずれにしろ、父親とは相性が悪かったんだ」

「まだ反抗期なの、子どもね」と、私はからかった。

「そういう口まできけるようになったか」と、彼はおおらかに笑った。

「俺は庶子だ。侯爵が村の女に作った子どもって意味だよ。母親はエルフとのハーフだから、正当な侯爵家の庶子にもなれん血脈だよ。しかし、先の厄災で跡取りも含めてフロジ家は皆殺しになった……。爵位を継ぐ者は俺しか残っていないが、それも剥奪はくだつされた。お前たちを探し出した功績により復活したのだ」


 庶子でエルフの血を引く。驚いた。この世界にはエルフがいるのだ。


「そう……、だったの。では、こういう舞踏会も出たことはなかったの」

「俺は兵士で、こういうのは苦手だ」

「苦手が多い男。ハカセと同じ」


 そう乾いた声で笑うと気分を害したのか、レヴァルがいきなり私の手首を握った。


「あまり、調子に乗らないことだ。お前はその美貌びぼうで周囲を魅了するが、しかし、逆にそれで警戒もされる」


 そう言った彼の顔は真剣で、まるで罰でも受けたかのような傷ついた表情を浮かべていた。私はせつなくなった。


 なぜ、私はこんな不安な思いを抱くのだろう。エルフの魔法なのかもと頭をよぎったが、彼の暗い瞳から目が離せなくなっていた。いったい彼はどんな思いで、ここに立っているのか。


 白い庭には乾いた粉がふり続き、雪景色のように真っ白で窓から届く光を反射している。

 いつのまにか息が頬にかかるほど彼が近くにいた。細く骨ばった美しい手が自然な仕草で伸びて、私の髪をなぞる。なにかが変化したのがわかる。


 胸の奥が高鳴り熱く燃えていく。


 その瞬間、私はすべてがどうでもよくなっていた。自分が炎の巫女とか、異世界うまれとか、そんなことはどうでいい。ただ、この男のものになりたい、強烈な欲望に身を任せたいと思うと同時に、ぜったいこの男に近づいてはいけないと怯えた。


 俯くとコルセットで締め上げた乳房が、まるで自分のものでないかのように大きく上下している。


 レヴァル……。

 彼はここにいる、ほんの数センチのところに、体温がわかるくらいに近くに、そして、近寄りがたいほど遠くに。


 親友の芽衣なら皮肉な声で、『単なる淫欲ね』といいかねない。


 その時、広間で高らかにフォーンが鳴り、私は、はっとして我にかえった。私は手を振りほどいて彼から離れた。これ以上、その手をとっていたら、間違いなく胸に顔を埋めていただろう。


 執事の声が外にも漏れてきた。


「シルフィン帝国、シッゲイル公爵殿下、ご到着」


 その案内に、舞踏場にいる全員が静まり、すり足で道をあけ平伏した。


「なにが起きているの?」と、私は小声で聞いた。

「超大国の実力者が来たようだ」

「シルフィン帝国?」

「そうだ。この国は小さく貧しい。隣国の顔色をうかがってしか生きる道はない。その小国の顔色をうかがう俺はさらに小さいが」

「あら、あなたがうかがっているとは思えないけど」


 皮肉な顔でレヴァルが笑った。れた声はセクシーで、私は彼の声を冷静に聞いていられない。どれほどの女がこの男に翻弄されてきたのだろうか。


「ほら、見てみろ、大国の執政官のひとり、シッゲイル公爵殿下だ。傲慢で情の薄い男だとヴィトセルクが言っていた」


 シッゲイル公爵殿下と呼ばれた男は中背で姿勢がいい。身体に比べて顔の大きな男だった。そのためかアンバランスな感じを受ける。


 彼は中央まで進み出ると、周囲を睥睨へいげいした。ゆっくりと自分の権力に酔いしれるように見渡してから、一箇所に目を止め、ふんという表情をうかべた。


「そこの赤髪の女、顔をあげてよ」と、命じた。


 マセコ、いたのか。


「やはりな、あの男は竜一族の娘を見に来たのだろう」


 マセコが顔を上げ、それから、さささっという音が聞こえそうなほどの勢いで、彼の近くまで寄った。なにか話しているが、シッゲイルの合図で音楽がはじまり、人々の雑談がもどり、ふたりの会話は聞こえなくなった。


(つづく)

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