第14話 舞踏会デビュー



 廊下の薄暗さが舞踏会場のあかるい輝きを一層際立たせ、その光の眩しさに、私は思わず手をかざした。堂々と顔をあげるべきだったのに、これは今夜の最初の失敗で、しまったと思うと昔のどぎまぎして弱い私が前面に出てくる。


 ダメよ、と心に釘をさした。

 堂々として、ここで負けるなんてしたくない。


「ヴィトセルク・リング・フレーヴァング王子殿下並びに、竜一族の沙薇さま」


 高らかに執事長が名前を告げると、舞踏場が一瞬にしてしずまる。

 着飾った貴族やその夫人たちの視線が集まり、同時に「ほおぅ」というため息がもれてきた。


 その声は感嘆なのか、あるいは、侮蔑ぶべつなのか。


 人々はみなプラチナブロンドの髪で、それに合わせるように多くの貴婦人はパステル系のドレスを身にまとっている。私の赤い髪と赤いドレスは、この場では薔薇ばらが咲いたように目立つだろう。


 負けるな!


 私は顎をあげ、婉然えんぜんとうすく微笑んだ。


 正面にある演台で楽士たちが、ふたたび弦を握った。

 ハープが音階をかき鳴らすようにかなで、そこにリュートの音色が重なり、太鼓が一定のリズムで響きはじめる。


 なんと表現していいのだろうか。

 古代の鼓動に弦が重なる、この胸の痛くなるような、それでいて熱く飛び跳ねたくなるような音楽は……。


 自然に身体が動き出す。


 ヴィトセルクは頭を下げると、私に手を差し出した。


「最初に踊る権利を私めに」

「でも、踊ったことがないわ」


 それは嘘だった。私が学んだ聖クレア学園は小学校から大学まである女子校で、授業にちょっとしたマナー教室みたいなものがあった。


 そのなかに社交ダンスも組み込まれ、女どうしでカップルを組みワルツの練習をする。ただ、私は芽衣と一緒に適当にサボっていたから。こんなことなら、あの時、真剣にダンスの練習をしておけばよかった。


「大丈夫だよ。ほら、手をとって、そして、僕の肩に左手をおく」


 ヴィトセルクは強引に私の右手をとると、腰を軽く抱いた。

 とろけそうな顔で彼はささやく。


「いいかい、右足、左足。そしてターンだ」


 ヴェイトセルクのリードで私はすべるように中央にいた。彼は女を抱いて踊ることに慣れている。芽衣と遊びながら、転びそうになって練習したときとは全くちがう。ダンスはリードがうまいとそれだけで形になるようだ。


「そうそう、左、左、次に右、右。ほら、僕のリードについてくるだけでいい。みな、君の美しさに目をうばわれているよ。さあ、ターンするよ、そう、美しい。本当に綺麗きれいだ、君はなんて美しいのだろうか、沙薇さら


 私は彼のもとでくるくると回転していた。

 女性ボーカルが美しくせつなく一風変わった言葉で恋の唄を歌う。


 音楽が終わったとき、中央には私たちしかいなかった。

 大きな拍手がわいた。

 私は腰を深く折ってヴィトセルクに挨拶をして、その場を離れた。このまま踊っていたら、我を忘れそうで怖かったからだ。


「楽しかったよ、また、後で、巫女どの」

「気が向いたら」と、私はほほえみ、人々の間をぬって壁ぎわに向かった。


 隅によっても、多くの人はまだ遠巻きに私を見ている。

 壁の左は木枠の入った高いガラス窓になっており、中央には外へ出るためにガラス製の大きな扉が開いていた。


 ほっとして、私は扉からベランダにでた。外は明るかった。北欧などの白夜に似て空が薄明るい。厚い雲が広がってはいるが、真に暗闇の夜はない。

 舞踏会場の窓からは明るい黄白色の光が漏れ、あるものは踊り、あるものはワイングラスをもち、あるものは談笑している。


 そっと隠れるつもりで、ベランダの手すりに身体をもたせて中央に位置する噴水を見た。降灰のためか、噴水から水は流れていない。この城は豪華な作りだが、国の貧しさがこういう所にあらわれるようだ。


 ダンスで火照った身体が徐々に冷えていく。


 周囲を見渡して、はっとした。

 先人がいた。本当にこの世界は、どこにも隠れる場所はないようだ。立ち去ろうとすると声がかかった。


「踊れるとは思わなかったな」


 レヴァルだった。彼は背をベランダにもたせかけ、くつろいでいるように見えた。この男はムカつくほど人の上に立って余裕を見せるのがうまい。


(つづく)

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