第12話 たとえようもない美女の登場



 ドアをノックされ、返事をすると、チアルが昼食を運んできた。


 クローシュをかぶせた皿には肉や野菜を盛り付けた素朴な料理が並んでいた。豪華ではないが美味しそうな匂いが漂ってくる。


「じゃあ、食事のあとでドレスを選びましょうね」というと、チアルが嬉しそうな表情を浮かべた。


 食後、しばらくして、ハンガーカートにかかった数着のドレスが運ばれてきた。


「これは?」

「お嬢さまに似合いそうだと、ヴィトセルク王子から仰せつかったドレスでございます」

「王子がドレスを」

「はい。お美しいお嬢さまが、さらに美しくなられますように」

「美しい?」


 私は鼻で笑った。


「聞いたことのない言葉ね」

「ご冗談を、私はお嬢さまほどお美しいかたを、これまで見たことがございません。まるで、魔も……」


 と言いかけたのだろうか、彼女は顔を赤らめた。


「私は普通よ。なにもかも普通。顔も、付け加えておけば成績も運動も、すべて普通だったわ」

「鏡をご覧になったことがないのでしょうか」


 チアルのあまりに真剣な表情に思わず吹き出そうになった。そういえば、この地に来てから鏡をみたことがない。


「そういえば、ないわね」


 チアルは何度も目をパチパチさせ、それから、「失礼いたします」と言って廊下へ出ていった。しばらくして、使用人の男ふたりに大型の鏡を持たせて部屋に入ってきた。


「お嬢さま、ご自分のお姿をご覧くださいませ」


 姿もなにも、私は私だ。

 しかし、今は観察のとき。この世界の常識に従うと決めたのだ。

 私は鏡の前に立った。


 え?


 全身がうつる大型の鏡に見知らぬ女が写っていた。


 こ、これは、確かに私。私だとは……、思う。

 髪色は赤く豊かに輝き、肌は乳白色に。たしかに、これは私だけど……。


 いったい、何が違う!


 パーツごとをみたら、間違いなく私だった。しかし、それぞれは少しずつ強調されている。瞳が大きくなってうるみ。まつげが長くのびている。眉の色が深くなり、頬がほっそりとシェープされて、鼻筋が通っている。なによりもピンクがかった濡れた唇。


 それぞれはわずかだが、全体をみると、まるで別人のように美しい輝くばかりの女性がそこにいた。


 そういえば、マセコも違ってみえたが、これほどの変化はない。


 いったい、なぜ?


 この地は呼吸が前に比べて本当に楽だった。常にあった胸のつかえが取れ、気怠けだるさがない健康な身体を感じる。それで内から肌が輝き、さらに全体にも良い変化を与えているのだろうか。


「本当にお美しい。素肌でも、これですから。お化粧をなさったら、さぞかし」と、チアルが鏡の横から顔をだして、素直にため息をついている。


 それから、まるで私の気持ちが変わらないうちにとでも思ったのか、ハンガーカートをガラガラと引いて鏡の前に持ってきた。


「こちらのドレス。お気に入りのものはございますか」

「適当で、いい、わ」

「まあ、お嬢さまたら。でも、お嬢さまの髪の色は、色でたとえるなら赤が強めのストロベリーブロンドですから。こちらのチェリーピンクの模様の入った赤系かエンペラーグリーン系のドレスがお似合いでしょう」

「任せるわ」


 上の空で言いながら、私は鏡の姿から目が離せなかった。


 チアルが嬉々ききとして選び出したのは、中心に赤が入り、周囲をガウンのように厚手の白にコーラルピンク系のバラ模様がついた光沢のあるドレスだった。

 ウエストと胸を強調したドレスで、コルセットを締めつけて着こなすと乳房が強調されるタイプのドレス。


 ぼーっとしている間に、彼女ともう一人の小間使いによって、私の着付けが終わっていた。


「お嬢様、いかがでしょうか」と、チアルが言った。

「チアル、気に入ったわ」と、その場で軽やかにスカートの裾をふった。


 わずかな動きにも花が乱れたようにきらめくドレスは確かに乳白色の肌をより際立たせて、うっとりするような姿になっている。


「こちらにお掛けください。メイクをいたします」


 もう一人の小間使いがメイクを施し、それから、髪を結っていく。


「これは、まったく美しい」


 ふいに、背後から低いテノールの声が聞こえた。メイクや髪を整えていた小間使いたちが背後に下がりひざまずく。

 鏡のなかでヴィトセルクが感嘆するような表情で立っていた。


(つづく)

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