第11話 かんちがい女よりはメイド


 お互いの部屋へと案内される直前に、マセコに声をかけた。宰相が言ったの意味をマセコはどう思っているのか聞いてみたかったのだ。


「ねぇ、断罪だんざいって、どう思ってるの?」

「もう、ほんっと、沙薇って。バカよね」


 いちいちムカつく女だけど、次の言葉ですっ飛んだ。


「それ、ダイソーのことじゃない、バカね」

「え? ど、どういう意味よ」

「こういう素敵なドレスがダイソーにはないってことよ。100均だもの。それより舞踏会ですって♡、どのドレスを着ようかしら?」


 こ、この女は。

 宰相が言った断罪って意味をかってに脳内で変換してる。いや、わかっていた。昔からかんちがい女ってことは知っていた。しかし、それにしても。


 芽衣〜〜!

 ああ、芽衣に連絡して話したい。

 断罪、ダイソー説をどうやったら間違えるか聞きたい!


 もう、頭をふるしかなくて、私は呆然と自室の扉を開けた。チアルが待っていた。


「あなたはチアルね」

「はい、お嬢さま」

「教えてくれない、チアル」

「仰せのままに」


 彼女は立ったまま、かしこまっている。たぶん、この子に断罪の意味を聞いたほうが、まだまともな答えがきそうだ。


「嘆きの森の厄災の日に、なにがあったの」

「お嬢さま、それは私の口から申し上げられません」


 私は窓際においてある椅子に腰を下ろした。ずっと立ち続けて、思ったより疲れているのに気づいた。ほうっと、無意識にため息がでてくる。


 椅子の横には華奢な猫足のテーブルがあり、菓子がおいてある。

 ひとつをつまんで、「チアル」と呼んだ。


「はい」

「こちらに来て」

「はい」


 チアルは従順で決して逆らわない。

 私は彼女の小さな手を取ると、そこに可愛らしいピンク色の菓子をおいた。


「食べて」

「え? あのそれは」

「いいから、食べて、私も食べるから」


 丸い菓子を口に含むと、マシュマロのように柔らかく口のなかで甘く溶けた。


 チアルの目がぎらぎらしている。誘惑に負けたのか、あるいは、誰かに見つかる前にと思ったのか、大急ぎで口に含んだ。その顔は、まるでこうした菓子をはじめて食べたかのような至福の表情をうかべていて、あわてたように顔を元にもどした。

 口をもぐもぐさせながら、彼女は泣きそうになっている。


「さあ、もう一つ」

「もう、お嬢さま」


 言葉とうらはらに手は差し出されている。私はそこへ2個の丸い菓子をおいた。


「さあ、話して、何があったの」


 チアルの説明は簡潔だった。厄災の日、竜一族の娘エーシルはドラゴンと共謀して、人々を氷のなかに閉じ込めて殺した。その氷は決して溶けず、壊れないという。聞いた話と同じだ。


 しかし、なんだろう、このモヤモヤした気持ちは。この世界の人々はみな何かを隠している。あるいは、私が疑心暗鬼ぎしんあんきになりすぎているのだろうか。


 チアルから視線をはずして、窓から外を眺めた。

 まるで一面の雪景色のような美しい世界がひろがっている。しかし、これは美しく見えるだけで、じっさいは火山灰による環境汚染なのだ。


 この地は疲弊ひへいしている。


 はじめて会ったときのレヴァルの姿を思い出した。

 彼は太陽にむかって両手を開き、日光を浴びていた。こんな世界に長く住めば、太陽の光が特別なものになっただろう。


 9年か。


 あの世界で、彼は9年という月日を費やして、私とマセコを待っていた。なんて言っていた?

 そう、ここの人間は二酸化炭素をすって生きていると。そうならば、あの世界は彼にとっても毒であったはずだ。


「あなたの家族も、その10年前の厄災で氷に閉じ込められたの?」

「私は、7歳で妹や弟がもっと小さくて、親は儀式に行けなかったのです」

「儀式? あの崖で儀式があったの?」

「は、はい。炎の魔女が行う」

「炎の巫女じゃないのね」

「あ、いえ、炎の巫女なんですけど、でも、私たちの間では、あの」

「魔女ね。その魔女をみたことがあるの?」

「いえ、私は。儀式のときに見ることができると、それで多くの村人たちが見学に行ったんです」

「そして、氷に閉じ込められた。それを巫女がしたので、魔女と呼ばれるようになったのね」

「はい。あなたさまと同じ赤い髪だそうで」


 貴族連中に嘘はないが、私やマセコに多くのことを黙っているようだ。それは、レヴァルも同じなのだろう。彼の父であるフロジは何をしたのだ。謁見の間で確か汚名をはらしたと言っていた。


「私が怖い?」

「あ、いえ。あの」

「もっと食べていいわ」


 我慢できずに、チアルは手を出した。


「フロジって誰なの?」

「あの、昔の偉かった人です」

「彼はなにをして罪に問われたの」

「炎の巫女の暴走を止められなかった罪です」

「そう、で、どうなったの」

「厄災の日に亡くなりました。ご家族の皆さまとともに」

「レヴァルが残っているわよ」

「それは、私は、なにも」

「そう。じゃあ、私のような赤い髪の人たちはどこにいるの」

「全部、殺した……、あっ、いえ、あの」


 チアルが思わず口走った言葉に動揺はしなかった。予想がついていたからだ。私やマセコが現代で育ったのは、おそらく、その厄災とかで村人が虐殺にあったからだろう。


 こちらに来る前にみた幻影を思い出す。あれは奇妙に現実味を帯びていた。

 私よりだいぶ年上の女の子。その子の顔を思い浮かべると、自分に似ているって思うのだ。そう、先ほど、謁見の間で聞こえて来た声。『あの娘に似ている』というひそひそ声を思い出す。


「あの、準備をするように言われております」

「なんの?」

「今日は歓迎の舞踏会がございます」

「行く必要があるのね」

「はい」と、チアルの顔は怯えた。

「もしも、私が行かないと言ったら、どうなると思う?」

「私は難しいことはわかりません。アトリさまならご存知かと思います。ただ」

「ただ?」

「このお城には、怖い地下牢がございます。恐ろしいことが起きなければ、よろしいのですけど」


 私はため息をついた。こんなとき、ハカセならなんと言うだろう。そう考えると、感傷的になって涙が浮かんだ。ハカセは知っていて、ここへ私を送ったのだろうか。

 それは、私の命の問題なのだろうか? 疑問ばかりが頭を巡る。


 チアルは私の顔色を見ていた。


「お嬢さまが舞踏会に出られないと、私が怒られます」

「そうだったわね」


 アトリのむちは痛そうだ。あの時、全くためらいもなく鞭を出した。チアルもそこに疑問を持っていない。


 この世界の教育は現代とは違う。全く異なる価値観の上になり立っていて、だから、使用人も打たれても仕方がないと思っている。それがここの教育なのだろう。


「手のひらを見せて」

「はい」


 私はチアルの手のひらを観察した。手首の内側に赤いミミズ腫れと、過去に受けただろう古い傷跡が残っていた。


「かわいそうに」と、手首をなでるとチアルは恐ろしそうに引っ込めた。


 私の行動があまりに予想外で逆に怖かったのだろう。すぐに昼食準備のために、出て行った。


(つづく)

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