第10話 許されない男と女


 レヴァルの叙勲がおわると、「では、巫女候補たち」と、宰相が私とマセコを順番に見た。


「はい」


 顔を紅潮させたマセコが前に出て、しおらしくスカートの横をもち女王のように挨拶する。

 マセコの隣に立つようにとヴィトセルク王子がうながされた。息を大きく吸って深呼吸。気持ちを整えてから前にすすんだ。


「そなたたち、炎の巫女候補者たちよ」と、ヒゲの宰相が告げた。

「よくぞ戻ってきてくれたのう。故郷はそなたたちを歓迎するぞ。かの冥界めいかいにおいて長く生きられる者は、この地の人間にはおらぬ。にもかかわらず、よくぞ耐えてきた」

「わ、私は」と、勇気をもって声をあげようとすると、宰相は優しげに微笑んだ。しかし、目は笑っていない。

「なにかな」

「あの、よくわからないのです。この地が故郷ということも」

「それは仕方なかろうな。到着したばかりじゃ。だが、我らの地のものは、そなたたちを許すつもりだ。あの厄災の日。そなたらの一族がした罪を許そう。ただし」


 そこで宰相の顔にはりついた笑顔を消した。


「使命を果たしてもらわねばならぬのじゃ。その使命を果たしてくれれば、われらも、そして、国民もそなたらに感謝こそすれ、二度と恨みに思うことはなかろうて」


 何の話だ、いったい。

 私の知らない事件に責任を押し付けられ、妙なことを頼まれているのだろう。こういうのは辛い。もともと私は他人の非難が苦手で喧嘩ができない。怖いからこそ目立たないように普通にして学生時代を乗り切ってきたんだ。注目されることの快感を、親友の芽衣はよく耐えらると思ったものだ。


「その使命とはなんですか」

「白銀のドラゴンがもつ青白磁せいはくじの水晶。アラゴンのメダルとも呼んでおるがな。まずは、メダルを手にいれることじゃ。そして、ドラゴンを操り聖なる山シオノンの怒りをといて欲しいのじゃ。噴火による火山灰は地をおおい、作物は育たず、我が国のような小国は滅びゆくしかない。われからも願う。いや、頼みたいのじゃ。炎のドラゴンの意を汲み助けてもらうしかない、この哀れな国をな」

「なぜ、私たちが」

「そなたたちの一人は、アラゴンのメダルを操りドラゴンと意志を通じることができる炎の巫女だからじゃよ」


 私とマセコのどちらかという意味なのだろう。


「宰相閣下、それは私よ。必ず、見つけてさしあげるわ」


 マセコが安請け合いしてほほえんだ。まったく、本当にわかっているのだろうか。ドラゴンなんて、ありえないでしょう。マセコって昔からの天敵で、なぜかイラつくんだ。その理由はわからないけど、単純に不愉快? だから、つい言わなくてもいい本音を言ってしまう。


「その巫女は私ではないと思います」

「なぜ、そう思う」

「ドラゴンの意志など全く感じませんから」

「そなたらの誕生日はプレオマイ歴2月29日。その日まで、まだ数日残っている。言い伝えによれば、炎の巫女は18歳にならねば力を発揮できんのじゃ」


 プレなんとか歴の2月29日、ここは時間的に半年前にずれているとレヴァルは言っていた。


 この謁見の間には宰相と王子、レヴァル以外にも、おそらく50人くらいの貴族がいるけど、しかし、彼らは言葉を挟まない。だから、気づいたんだ。自室でもそうだったが、ここの身分制度は非常に厳格なのだって。


 この人たちは、私を炎の巫女として利用したいのだ。だから、彼らの価値観からみれば耐え難いが我慢して低い身分の私と話している。用心したほうがいいと心の声が囁いている。


「よいか、沙薇どの。そなた、この使命に失敗すれば、そなたたちにとって辛いことになろう。嘆きの森の厄災での出来事は聞いたであろう」


 私はうなずいた。


「では、そなたたちに我らがいかに期待しておるか、わかってくれるじゃろう」


 いや。そこはわからない。


「謁見は終わりじゃ。よろしく頼む」

「もちろんです」と、マセコがまた頬を染めて安請けあいした。

「だって、レヴァルさまもご一緒に来てくださるでしょう。ねぇ」と、そのあとにウッフンって声が聞こえそうなほど甘ったるい声音で言った。


 レヴァルの表情なんて、もう怖くて見えない。


 謁見が終わり、私は急いで、その場を離れた。背後からマセコの駄々をこねる声が追ってくる。


「レヴァルさまはいらっしゃるでしょう」

「レヴァルはお供をする。安心しなさい」と、ヴィトセルクの声が聞こえる。

「彼を遠征での隊長にしたよ。この男は魔法師としても一流だ。一団の兵が君たちを護衛ごえいするから」

「ステキぃ♡」

「僕はね。その相談役ってことかな」

「私、きっとドラゴンと話をつけてあげますぅ。だ・い・じょう・ぶ♡」


 あのねっという言葉を背中で飲んだ。

 あの人柱をマセコは知らないにちがいない。思い出すと吐きそうになる。恐ろしい顔をして氷に閉じ込められた多くの人々。


「わが国民は竜の一族の民に憎しみをもっておるのじゃが」と、謁見の間から外にでると、宰相に話しかけられた。

「厄災のあと、民衆の怒りは頂点に達したものじゃ。竜一族に蜂起ほうきした民を止められなかったことを申し訳なく思うがのう。そなたらが冥界に逃げられたのは、我らの加護によるものじゃ」


 そんな話は聞いてない。私はレヴァルを振り返った。彼は私と視線が合うと横を向いた。


「そなたたちの身は兵が守るであろう。霊峰のふもとでドラゴンから青白磁の水晶を得てまいれ。それ以外に、断罪だんざいからのがれる方法はないと思って欲しいのじゃ」

「かしこまりました」と、マセコが私たちの間にささっと入ってきて、スカートの裾を持って一礼をした。


 マセコ、それ、フライングだよ。それに昔から国語が苦手だったし、断罪の意味がわかっているとは思えない。


「では、出発は5日後じゃ。今宵こよいは歓迎の舞踏会じゃ。では、話はこれまで。従者キール」

「は!」

「この者たちを部屋に案内せよ」


 舞踏会? そ、それは、なんて考えている間もなく、私とマセコは部屋に戻された。


(つづく)

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