第9話 謁見の間、元宰相フロジ



 着替えが終わりバスルームを出ると、アトリが「謁見えっけんの間にお連れいたします。こちらに」と、全く表情のない顔で言った。この女、ほんと怖い。能面みたいな顔でぞっとすると思う。


 ダメ、ダメ。こんなふうに嫌悪感を抱くと相手に伝わる。この場合、いいことはなにもないんだ。そうは思っても、ついついアトリから数歩遅れて歩いていた。隣を一緒には歩けなかった。


 彼女は無表情に先を進む。城の玄関口にある大広間。そこには昨日気づいた左右に楕円に広がる階段があった。階段には赤い絨毯じゅうたんが敷いてあり、ヒールが沈む厚手のものだが、どことなく古臭い。


 階段を上った中央に両開きのドアがあり、到着すると衛兵がドアを開いた。


 これが謁見の間……。


 ゴブラン織りの絨毯じゅうたんが敷かれ、真ん中にはレッドカーペット。その先に、おそらく王がすわるべき玉座がおいてある。今は空席でその右側に老人、左側には、あの優しいヴィトセルク王子が立っていた。


 人々はレッドカーペットの左右に並び玉座への道を開けている。なんとマセコも並んでいてこちらを見ている。ゴテゴテのドレスを着て前かがみになってるから。


 うわっ、貧乳が巨乳になっている。

 きっとコルセットで思いっきり腰を締めあげたんだろう。


 マセコ、渾身こんしんの誘惑ファッション。昨日の感じからすればターゲットはオレさまのレヴァルにちがいない。


 で、私、どうしたらいいの?

 

 いやに自分が目立っていると感じた。周囲の視線が痛いのだ。

 なぜって思ったとき、マセコの姿が目に入った。

 いや、私だけではない。マセコもで、その目立つ理由はすぐにわかった。

 私たちの髪色だ。


 燃えるような赤髪は私とマセコだけ。他の人々は、みなプラチナブロンド、肌も白いために全体に色彩がない。白い肌、白い髪、白いドレス。そのなかに入る赤は目立つのだ。


 私、赤いドレスを無意識に選んでいた。なぜ、なぜなんだろう。


「前へ、どうぞ」


 アトリの言葉に押されて進むと、背後で重い音がして扉が閉じた。音の大きさに飛びあがりそうだけど、必死に心を落ち着けた。


 天井から巨大なシャンデリアがぶら下がっている。

 こういう時代背景なら、シャンデリアはロウソクかと思うが、なんらかのエネルギーを使った照明だ。


 たしか、隣国が火山マグマを利用してエネルギーにしているとか言っていた。これは、なんというチグハグな世界だ。近代技術とドラゴンが同時に存在するなんて。


 私といえば、止まっていてもまずいと思い、うつむき加減で前にすすんだ。

 下ばかり見て歩いたので、絨毯じゅうたんのほころびがよく見える。遠くからは豪華にみえる絨毯じゅうたんが実際はすり切れていた。


「あの娘に似ているな」

「似ている」


 ひそひそ声が耳に届く。その声にはわかりやすい敵意がにじんでいた。この世界では、どこにいても私は嫌われ者のようだ。


 途中で足が止まってしまった。


「前へ。沙薇さま」と、従者の男がさっと進み出て言った。


 その声に私は再びぎくしゃくと進み、マセコの隣りに並んだ。


「フレーヴァング王国に、よう来られましたな。沙薇さま」


 ヴィトセルクの隣に立つ老齢の男があごヒゲをしごきながら言った。モゴモゴして発音が聞きづらい。


「私はグリングと申す。この国の宰相じゃ。よう我が国に来られた、救いの巫女たちよ。そして、戦士レヴァル、彼女たちをよく発見してくれた。前へ」


 その言葉にレヴァルが正面にでた。


「ヴィトセルク王子」と、宰相が言った。


 ヴィトセルクは玉座の前まですすみ、腰に下げた鞘から剣をはらう。


「レヴァルの名誉を」

「名誉を」


 参列者全員が唱和した。全員が大声で叫んだので、思わずビクッと体が震えた。


「ここに、このものを侯爵としての名誉を授ける」

「名誉を授ける」と、また、みなが大合唱する。

崇高すうこうなるフレーヴァング王の名において、余、ヴィトセルク・リング・フレーヴァングは、ここに剣士レヴァル・デ・フロジを侯爵の地位に戻す。かの父であるフロジの汚名を晴らしたものとす」


 ヴィトセルクはおごそかに告げると、片膝でひざまずいたレヴァルの頭に剣を捧げ、ついで右肩、左肩と優雅に移動した。

 彼が剣を戻すと、レヴァルは軽く頭を下げて立ち上がり、右側に控えた。


 フロジ侯爵? レヴァルはやはり貴族だったんだ。


(つづく)

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