第7話 赤いドレスと赤い髪の呪いの女
夜中に、肩をゆり動かされて目が覚めた。
「沙薇、起きて」
室内は暗く灯りはない。暗闇に目がなれ、ぼんやりと私を呼ぶ相手をみた。
「マ、マセ!」と、大声を出しそうになったとき、手で口をふさがれた。
「沙薇、大声をださないで、外の衛兵が起きるわ」
「外に衛兵がいるの」
「役立たずがいるわよ、眠っていたから忍んできたの」
「そう」
「なぜ、あんたがここにいるの」と、マセコが聞いた。
「たぶん、一緒じゃない? レヴァルという男が来た」
マセコは何も答えない。おそらく、昼間の様子から、この答えが気に入らないのだろう。そういう場合、彼女はたいてい聞かなかったことにする。
「マセコは、いつ、この世界に来たの」
「沙薇がくる2日前よ。だからね、早く教えておこうと思って」
「なにを?」
「いい、あなたは私のスペアで呼ばれたんだからね」
「スペア、そもそもなんのスペア」
「あら、知らないの。さすがスペアだわ」
ちょっとした言葉で見事に相手をむっとさせる手腕。さすが、異世界でもマセコはマセコだ、変わらない。
「それで、どうやってこの世界に」
「レヴァルさまがお迎えに来たの。私、やっぱりプリンセスだったのよ。ずっとわかっていたの。だからね、レヴァルさまにお会いした瞬間、ああ、王子さまが来たって、すぐわかったわ」
そこ、すでに妄想に入っているからね。まあ、私も小学生の頃は、こういう妄想女だったけど、さすがに成長した。でもね、レヴァルは、どの方面から考えても死角なしでマセコの王子さまじゃないと思う。
「それで、なんのスペア、私は」
「あらあ、知らないのね。炎の巫女よ」
「炎の巫女、その話を信じてるの?」
「当然じゃない。じゃなきゃ、向こうで女優になってる私よ。で、教えておくけど、あなたは予備、スペア、控え、わかったわね」
「三連発の同じ言葉、ありがとう」
マセコはそう宣言して帰った。ほんと、どこにいても変わらない。私はあまりに眠くて、だから、考える前にその夜は寝落ちしていた。
目覚めたとき、赤いカーテンが外部の光をさえぎり部屋はなお薄暗かった。目だけキョロキョロさせて周囲を観察してから、起き上がった。
身体が軽い。
確かに、ここの空気は私にあっているのだろう。でも、それはマセコと一緒ということだ。喜んでいいのか泣いていいのか、なんとも微妙だと思うわけで。
ハカセ……。
ハカセは知っていて、私を送りだしたのか? 命が長くないとわかって手離したのか。なぜ先に教えてくれなかったのだろう。
まあ、ドラゴンとか炎の巫女とか言われても信じるはずはないけど。
ハカセなら、こう言うかもしれない。
『人間というものは、自分の信じたい物語を信じるのです。その話にたとえ矛盾があっても、嘘を言っている訳ではないのです』
カーテンを開けると、外は厚い雲におおわれ、雪のような灰が降っている。一面が白く塗りつぶされ風景は純粋に美しい。
ドアがノックされた。
返事をするか迷っているうちに、例のアトリが髪を一分の隙もなく結い黒いドレスと真っ白なエプロンで入ってきた。
「おはようございます、お嬢さま」
「おはよう」
「お召し物をお着替えになっていただけますでしょうか。王陛下の代理のものがお会いになりたいそうです」
昨夜はリクルートスーツのまま眠っていた。服はシワになり汚れていた。
アトリは私の戸惑いを察したのか、チッペンデール調ワードロープの扉を開いた。
そこにはずらりとドレスが並んでいる。
フランス王妃マリー・アントワネットかって、思わずツッコミたくなるドレスが多い。昨日、マセコが着ていたような華やかなドレスもあれば、なかには近世のアール・デコ調のドレスまである。いったいどういう文化なのだろうか、ここは。
「どちらをお召しになられますか?」
これまで見たことのないドレスの数々、いや、旅行先の写真館では見たけど。あれって簡易ドレスだから、コルセットからの本格派じゃない。
「楽なドレスを」と、私は頼んだ。
「承知いたしました」
アトリはアール・デコ調のコルセットで締め付けないドレスを数点選ぶと、ベッドに広げた。それらは、こんな状況でなければとても嬉しいと思っただろう。
(つづく)
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