第6話 フレーヴァング城での驚き


 この世界で最初に訪れた貧民街に比べると城は豪華だった。


 中世風の壮麗な城ならば、すぐに思い浮かぶのはドイツにあるノイシュヴァンシュタイン城だけど、そこまで壮麗ではなく、英国貴族の居城レベルだと思う。石で建造された重厚な建物で、白い降灰のなかでは雪の城のように幻想的に見えた。


 ほら、ふりつづく真っ白な雪に浮かぶロマンティックな城を想像してみて。そうそう、そんな感じ。


 城門には兵士が立っており、馬車が到着すると、従者が走ってきて扉を開けた。


 私は狭い馬車内で縮こまり身体がこわばっていた。エコノミー症候群という、この場には全くそぐわない現代病を思い出して、ちょっとだけ冷静になった。

 人とは面白いものだ。こういう場面でも論理的に考えると心が落ち着く。


 城門に立つ従者たちはみな同じ制服を着て、ヴィトセルクが通ると丁寧に一礼をする。


 城内は灰色の石でできた、堅牢けんろうだが面白みのないインテリアの大広間で、先には赤い絨毯じゅうたんが敷かれた大階段があった。


「沙薇ちゃん、城を案内してあげたいと思うが、その前に自分の部屋で少し休んだらいい。疲れたであろう」


 ヴィトセルクの態度は優しい。鼻筋のとおった精悍せいかんな顔つきに似合わず、とても紳士的だ。


 と、その時、ほんと嫌な予感がしたんだ。


 第六感っていうの?


 すごく知っているというか、なじみがあるというか、ペタペタって扁平足へんぺいそくの足音が聞こえてきたんだよ。


 いや、まさかね。


 私は足音の方角を振り返った。


 嘘ってのと、無理ってのと、少し嬉しいってのと、非常に複雑な感情に巻き込まれながら、足音の主を見た。この城には、まさにその格好っていうか、ゴシック調に飾りたてたドレスを着た女が走ってきた。


 マ、マセコ。なぜにここに。

 あの聖母クレア学園で小学校から一緒だった日野真美子、通称マセコが、そこにいた。


「レヴァルさま〜〜〜♡♡♡」


 あまったれた声をあげ、冷酷紳士レヴァルに一直線に向かった。

 そして、まさに彼女ならしそうな態度でレヴァルにハグハグした。


 鼻筋が通り切れ長の目が美しいレヴァル、美しいから余計に冷酷に見える。こんな男にむかってタメ口などできるはずがない。

 できるはずないんだけど。いや、ここに一人いた。


 ある意味、最強マセコ!


「レヴァルさま〜〜〜♡」


 ハートマークがダダ漏れで、他人が目に入ってない。しかし、なぜ、ここにいる。


「離せ!」


 レヴァルが超絶冷たい声で拒否した。ヴィトセルクはクッと吹き出し、私は目が落ちそうだった。


「マセコ」って、思わず言ったとき、同時にレヴァルも怒鳴った。

「衛兵! なぜ、彼女がここにいる」

「もう、レヴァルさまったら、私に会いたかったでしょ、そんな照れなくても」


 いや、そのカンチガイぶり、もうマセコしかいない。なんか恥ずかしくて、日本人代表として、一応は抗弁しておきたいって思った。でも、言葉がでなかった。


「さすが、レヴァル。一瞬にして恋のとりこにしたか」と、ヴィトセルクがからかっている。

「あら、ヴィトセルクさまも確かにイケメンですけど、でもぉ、あたしぃ、レヴァルさま第一ですから。いてもムリですぅ」

「ははは、それは残念だ」

「ヴィトセルク!」

「いや、私は君が神聖なる炎の巫女であってほしいと心から願っているよ」

「あら、あたしに決まってますわ。そこにいるの、もしかして、沙薇なの? あんたが、なんでここにいるの?」


 それは、私の質問だ。


「数年かけて探して、やっと見つけた二人だよ。沙薇ちゃん、さあ、今は休みなさい。アトリ、部屋に案内してやれ」

「かしこまりました」


 いつのまにか、そこに黒いドレスと白いエプロンを身につけた女性が立っていた。


「こちらへ」


 アトリと呼ばれた女は、うつむいたまま手で道を示している。


「真美子さまも、ご一緒に」

「あら、アトリ。あたしぃ、レヴァルさまとお話したいの」

「真美子さま、レヴァルさまは時空の旅を終えたばかり、お身体が持ちませぬゆえに」

「そうなの、レヴァル」

「ああ、立っているのがやっとだ」

「じゃあ、あたしが介抱してあげるからぁ」

「真美子さま!」


 アトリが、はっとするほど厳しい声をだした。さすがのマセコもビクッとしてアトリをみて、それから、視線を私に移した。


「あら、沙薇。それにしても奇妙な場所で出会ったわね」


 マセコ、あの、ひっじょ〜にムカつく上目遣いになってる。

 アトリの態度にムカついたのを、こっちに返してきた、おいおいって思っているうちに、先にペタペタと歩き去ってしまった。


 ほんと、マセコだ。どこにいても平常運転は変わらない。


 後で知ったが、アトリはこの城の小間使い頭という、なかなかに優秀な女性だったんだ。ともかく、マセコのことを内心でどう思っているかは別にして、表情はピクリとも動かなかった。


 それで、私は王宮内の一室に案内された。その部屋も重厚で、紫の地に白い文様が描かれた壁紙で高い天井からはビロウドの赤く重いカーテンが下がっていた。


 でも疲れ切っていた私は、もう見る余力もなく、アトリと呼ばれた召使いが去った瞬間にベッドに飛び込み、気を失うように眠っていた。


(つづく)

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