第3話 私のなかの欠けているもの



 小学校から大学まで女子だけの一貫校で過ごした私は、ほんと普通で面白みがなく自己肯定感も低い18歳。でも、ひそかに芽衣めいのような選ばれた人種に憧れている。


 たとえば、「今日もいい天気ね」と、挨拶するのと、


「いい天気しか、取り柄がないってのも残念な日ね」と、アンニュイに返されるのは、なんていうか、頭の違いみたいなものを感じて打ちのめされる。


 芽衣は無意識に絶妙なタイミングで人を魅了する。時に残酷で時に優しく、そして、時に病んでいた。そんな彼女が普通の私に興味をもつことが不思議でならなかったものだ。


「普通って、退屈ね」


 そうつぶやくと芽衣は笑う。


「なにがしたいの」

「自分以外の人になりたいのよ。他人が魅力的だと思う人に」

「魅力的って、受け取るほうの感情だから。相手に合わせてカメレオンにでもなるつもり」

「芽衣は私みたいな普通の人の気持ちがわからないのよ」

沙薇さら、私の大好きな沙薇、これは悲劇だわ。なんとマセコになってる」


 マセコと聞くと、むかつくのを知っていて芽衣はからかう。


「からかってる」

「天敵をだしとけば、その無意味な言葉を聞かなくてすみそうだし」

「まったく、芽衣ったら、まったく」

「ほら、笑ったね。マセコは万能」


 大学生になり、体重を順調に増やしつづけた天敵マセコは、エキセントリックで見栄っぱりは変らずに占いと霊に取り憑かれた。それによると、私の将来は暗澹あんたんたるもので、一生を独身で寂しく過ごすということだ。


 彼女自身は女優の道を歩く運命が決定しているらしい。それまでの暇つぶしに聖クレア女子大に通うそうだ。


『ああ、わかる? この気持ち。スポットライトが私の上に光輝いてほほえむのよ。その時は親友のあんたにサインをあげるわ』と、いきなり宣言して高慢チキな笑顔をみせた。


 どうも私は親友であるらしい。まあ、理由のひとつは理解できる。私たちは誕生日が同じだった。それも2月28日のうるう日前日で、だからマセコはいつも私に敵対する。


 私は対人関係で悩むことが多い。ハカセにそれを嘆くと、いつもの恐ろしい笑顔を浮かべた。


「人との関係は私の苦手分野です。だからといって、それで良い訳ではありません。ただ、あなたを見ていると、他人がどう思うかで悩むことが多いようです。その点で問題なのは、他人ひとは、あなたが思っているほど、あなたを見ていない事実です」

「わかってる」


 本当にわかっているのだろうか。時に私は私を見捨てる。私という個人を見捨てて、他人が要求する私を演技する。


 その結果も予め決められた未来だとマセコなら言うだろう。


 もちろん、霊や占いなど、私には理解できない神秘的な根拠によって……。それが間違いなのは知っている。私は普通に生きるのが下手なのだと思う。マセコと同じだけど、その理由を霊や神秘的現象に求めないだけだ。


 私には8歳までの記憶がない。そのため18歳という年齢がしっくりこないってことがある。まだ、大人になりたくないのか、それとも大人に見られたいのか。それさえも決められない。


 だから、私はいつも何かを探していた。私のなかに欠けているもの、それが何かわかればいい。この漠然ばくぜんとした不安の理由を知りたいと切実に思っていた。


 それは、もしかしたら、ハカセが実母でないことも理由かもしれない。


(つづく)

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