第2話 ほどほど可愛い女ほどカンチガイの振り幅が大きい
私が住む町は別荘や企業の保養地が多い山間部にある。土地の広さに比べて人口が少なく八千人弱の小さな町だ。この、のどかな町で事件といえば冠婚葬祭くらいなんだけど、でも、夏休み前に大事件が起きた。
小学校を
『7月5日午前10時45分頃、私立聖母クレア小学校の四階にある理科準備室で爆発があり出火。約30平方メートルの部屋を半焼して、30分後に鎮火した』
私たちは休日を挟んで学校が臨時休校になり大喜びだった。
それに新聞では原因を調査中とあったようだが、原因なんてクラス中で知らないのは、たぶん、先生と学年トップの優秀な頭脳を持ち、皮肉屋で繊細で残酷な
火災の原因と犯人ははっきりしている。キ〜ハラだ。彼女の苗字は木原だが、みな、抑揚をつけた名前で呼ぶ。
木原は変人の上に異常な美人で、クラスに友人はいなかった。そして、悪い事にボス石塚に目を付けられていた。クラス階級でいえば、それだけで最下層になる。私のような中間グループに入ることも難しい。だから、いつも一人だった。
あの日、理科実験が終わってクラスみんなが帰ろうとしたとき、木原は一人で奇妙な歌を口ずさみながら踊っていた。
♫ ドラゴンの翼に立ちて
赤き髪を天にたなびかせ
赤き乙女はその地に伏せる
奇妙な節と奇妙な歌詞だった。いかにもオタクぽくて木原らしい。
そこに、やはり微妙に嫌われ者のマセコが立ちはだかった。
「キ〜ハラ、なにやってんの? バッカじゃない」と、マセコが言い放った。
「なによ、ブス」
超きれいな木原にブスと言われて、マセコは黙っていられない。なんせ、自称可愛いだもの。実際の顔は、まん中っていうか。普通っていうか。かわいいには少し足りないし、ブスって程でもない。容貌については、本人が最もかんちがいしやすい立ち位置だって思う。
「キ〜ハラが!」と、マセコが大声をだして「ひどいこと言った」と泣き出した。
一応、言われたブスって言葉は、プライドを持って避けたようだ。そこにクラスボス石塚が出てきた。彼女、クラスのもめ事には過敏で決して見逃さない。そこがボスたる所以だ。
「キ〜ハラって、ひどーい」と、石塚がからかった。
ボスが味方したので、当たり前に空気はマセコのものになった。行き場をなくした木原はくるりと背中を向け、理科実験室に逃げ込んで、ドアを力任せに叩いて閉めた。
その場にいる全員が息を飲むほど、それは大きな音で……。みな、誰ともなく顔を見合わせたんだ。なんだか気分を
事件はそのあとに起きたんだ。
火事の翌々日。学校に再び登校すると、木原は来ていなかった。
彼女は休みなのか、それとも遅れて来るのだろうか。担任のシスターは何も言わない。
昼休み、お弁当を食べ終わると
誰ともつるまない天才芽衣だが私にだけは優しいんだ。
「トイレ、行くよ」
「うん」
芽衣はトイレの個室をすべて確認してから言った。
「何が起きてるの」
「昨日、キ〜ハラが理科室に閉じこもったの。そのあとで、あの火災が起きたから、みんなキ〜ハラのせいだって思ってる」
「あの火事がね」
私は芽衣を尊敬している。というか、クラス全員が彼女を尊敬して遠巻きにしていた。芽衣はクラスの最上級でも最下層でもなく階級カーストから外れている。彼女は芽衣という唯一無為のカーストに所属して、誰もその聖域を荒らさないんだ。
「芽衣はどう思う?」と、話しているときに、マセコが入ってきた。
マセコはウジウジと私を見つめ、芽衣と一緒なのを確認して、それから震えながら話しはじめた。
「この前の爆発、理科教室。誰も怪我しなかったって。ウソ」
「……、なんで?」
「誰か、小さい人が、運ばれた。担架で」
「それ、もしかして、キハラ?」
マセコが
「あたし、おばあちゃん、見た。運ばれてきた」
「おばあちゃんって、マセコの?」
「違う! 知らない、年取った人。小さくて、皺くちゃで……」
「死んでたの?」
芽衣が容赦なく言葉にした。こんなふうにダイレクトに話せる10歳は、たぶん芽衣くらいだろう。
「うん」
「ほんとにキ〜ハラじゃない?」
「違う。年とってた」
「顔は見たの?」
マセコは首を振った。
「身体に布がかかっていた。はみ出ていた手も足も黒く皺だらけで、骨っぽくて、黒くて、小さかった。あたしの死んだ、おばあちゃんとそっくり」
なぜ、そこにいたの? という当然の問いに、マセコはつまりながら応えた。のぞき趣味から理科室に行ったんだそうだ。やりそうな事だ。
「でも、それ誰だったの?」
そのとき、ハンドベルの音が聞こえてきた。
教室に戻る合図だ。昼休みは長いけど、十分に長いわけではない。それで、私はちょっとほっとした。世界は普通で、なにごともないと、そのハンドベルが告げているように思えたんだ。
その日、授業が終わり、ペタペタと
「信じてくれるよね」
私は「うん」と小さく頷いた。
「キ〜ハラとおばあちゃんを見間違えるなんて、できる?」
「それはないと思う」
「キ〜ハラは昔から変わっていて、みんなイジメていた。ほら、石塚なんて、ひどかった」
その言葉で胸の奥がチクッと痛んだ。昔の、つまり、幼い頃の話は居心地が悪いというか……、モゾモゾしてくる。昔という言葉に、なぜかいつも心が波立つ。
なぜ、みんなは昔のことを覚えているのだろうか。
私の記憶は
「あたし、間違いなく、その老人が運ばれるのを見たの」
「そう」
「あたし達、親友だよね」
必死の形相でマセコが聞いた。私は「うん」と、うなずくしかなかった。
その日から木原は登校して来なかった。朝の祈り前、「今日の欠席者は?」という先生の問いにも、いつしか木原の名前を言うものはいなくなった。何事もなかったように朝の祈りを唱え、一日が始まり、そして、日々は過ぎて、小学校を卒業した。
木原の存在は、更に忘れられた。
私たちは同じ中学にすすみ、
(つづく)
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