精霊剣

月之木ゆう

精霊剣

 【精霊剣】

 持ち主の願い・想いによって成長する剣。

 心優しき精霊が人間の青年に恋をし、彼と共に在りたいという彼女の願いから生まれた一振りである。




 ある貧しい農村に剣士に憧れを抱く一人の青年が居た。


 彼にははっきり言って剣の才能は微塵もなかった。

 だが彼は毎日欠かさずに鍛錬に打ち込んだ。

 農民だった彼は、畑仕事もこなした上で剣に見立てた棒を振るい続けた。

 毎日の鍛錬は決して楽なものではなかったが、それでも彼はどんな日も鍛錬を欠かすこと無く続けた。


 彼は自分が鍛錬をしていると、ふと視線を感じることがあった。誰かは分からないが、彼には見られているという感覚が確かにあった。

 その視線の正体は、彼に興味を持った名もなき精霊だった。

 彼女は人間には見ることも触れることもできない存在のはずだが、

 不思議と青年には精霊の存在を感じることができていた。

 しかし、視線の正体を知らない彼は亡くなった母が見守ってくれているのだろうと考えて、たまに微笑みを返していた。


 そんなある日、彼に転機が訪れる。

 国が隣国との戦争に備えて徴兵を始めたのだ。

 彼は迷わず志願した。

 男手ひとつで青年を育てた父親は反対し、彼を怒鳴りつけ、殴った。

 それでも彼は止められなかった。


 徴兵された彼は戦が始まるまでの1ヶ月の間、国軍による訓練を受けることになった。

 彼は訓練の合間をぬって鍛錬に打ち込んでいた。

 彼以外にも農村から徴兵された者が多数いる中で、寝る間も惜しんで鍛錬をするのは彼だけだった。薄暗いうちから鍛錬を始め、暗くなっても帰ってこない彼は、次第に周囲から奇異な目で見られるようになる。


 そんな彼の姿がある将軍の目に留まり、特別に稽古を受けることになった。

 その将軍とは、王国でも5本の指に入る剣士だったデイルフォード将軍である。

 彼はとても強く、そして厳しかった。

 青年は、今までの基礎訓練が実を結び、将軍の指導によってこの短期間で一流の剣士へと成長した。


 青年を追いかけて村を飛び出した精霊は、青年が将軍の訓練を受けるようになった頃から、夜な夜な彼の寝床に潜り込み彼を治癒魔法でこっそりと癒やすようになっていた。



 戦が始まると彼は、王国軍の最前線でデイルフォード将軍の率いる右翼軍にいた。

 敵国は大陸最強の帝国と呼ばれるに相応しく、圧倒敵な軍事力で将軍の部隊を蹴散らしていた。

 どちらが優勢かは青年の目にも明らかだった。

 農村出身者は次々に倒れ、熟練の王国兵すら帝国軍相手ではまるで刃が立たなかった。

 そんな中、王国軍左翼に続いて中央軍も帝国騎馬隊を前に敗走、右翼軍にも撤退命令が下り、

 デイルフォード将軍率いる青年の隊は、殿を務める事となる。


 激戦の最中、将軍は肩と脇腹に矢を受け、落馬して戦場に転がる。撤退する軍から置いていかれた彼らは、黒剣を持った大男が率いる敵軍の中に孤立していた。動けない将軍を守ろうと青年を含む殿の者は奮戦するが、すでに満身創痍である。

 帝国軍の猛攻の前に、青年は必死に応戦するが、度重なる連撃に鋼鉄製の剣もついには折れてしまう。


 ──もうダメだ。


 青年がそう思って膝を尽きかけた瞬間──


「立て!!!」


 ──将軍の怒号が彼を立ち上がらせた。


 青年は言葉にならない声をあげながら、傷だらけの身体を必死に酷使して立ち上がり、折れた剣を敵将の腹に突き立てた。

 それをあざ笑うように敵将はひらりと青年の剣を躱す。捨て身だった一撃を躱された青年の無防備な背中に、敵将の黒剣が振り下ろされる。


 ドシュッ!


 青年が切られる寸前に、デイルフォード将軍が彼を庇い更には致命の一撃を敵将に与えた。


「デイルフォード将軍、ご無事・・・で・・・」


 青年は命の恩人に声をかけようとしたが、将軍のあまりに酷い姿に言葉を失った。将軍は、左手を失い、背中からは折れた槍が突き出していたのだ。


 デイルフォード将軍は最後の力を振り絞って、敵将の腹に突き刺したミスリルの愛剣を引き抜き、青年の前に差し出す。


「これを持って・・・いけ・・・」


 青年が将軍から剣を受け取ったその瞬間──


「死にぞこないがあああ!」


 ──脇腹から血を滴らせた敵将が、デイルフォード将軍を両断する。

 そのままの勢いで敵将が青年に向かって、黒剣を振り下ろす。


「お前も死ねぇえええ!」


 その瞬間、時間の流れが止まったように周囲すべてがスローモーションになる。


(・・たい?)


 美しい少女の声が聞こえる。

 とぎれとぎれのその声は、必死に何かを伝えようとしている。


(・・・の・・・ねが・・・生き・・・)


 青年にはほとんど聞き取れなかったが、最後の一言だけがやけにはっきりと聞こえた。


(・・・生きたい?)


「ああ」


 青年は何も迷うこと無く、はっきりと肯定した。

 その瞬間、将軍から受け取ったミスリルの剣が輝き始める。


(私の・・・すべ・・・あげる・・・

 いき、て・・・)


 光が強くなるとともに、彼女の思いが剣を通して青年の心に流れ込む。

 そして、青年は彼女がすべての力を使い果たして消滅することを理解した。


「ありがとう」


 そう言った青年の身体はすべての傷が癒え、青白いオーラを纏っていた。




 時は再び動き出す。


 敵将が振り下ろした黒剣を、青年が精霊剣で受け止める。


「はあ!」


 青年は鍔迫り合いをしたまま、精霊剣に魔力を注ぎ──

 ──願った。


 パリンッ!


 ガラスが割れるような音と共に、敵将の剣が粉々に砕ける。


「そんなバカ・・・うぐぉ」


 剣が砕かれ呆然とする敵将を、青年は一振りで倒した。



 これを期に戦争の風向きが変わった。


 全滅が必至だった王国軍は、デイルフォード将軍率いる多数の兵士の奮戦により、左翼軍の戦力の大半を維持したまま撤退させることに成功する。

 そして帝国はこの一戦で、無名の青年により帝国最強の戦士だった”黒剣のバードック”を討ち取られ、帝国騎馬隊の大半も失う事になった。


 頭を失った帝国軍は、その後攻勢に出た王国軍の奇策と青年の働きにより、撤退を余儀なくされ、

 王国軍は奇跡的に勝利を収めることができた。


 圧倒的に不利な状況からの勝利は、物語として後世に語り継がれることになるのであった。



 青年の名はウィル。

 初代 精霊剣所有者であり精霊に愛された者。

 そして後世で歴史家から、勇者の先祖と呼ばれる存在である。

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精霊剣 月之木ゆう @yu-tukinoki

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