23

「まだまだ終わらないよ。ね、サンデー?」


 と言ってミュートははじけるような笑顔を僕に向けた。


「うん、僕たちはしばらく旅を続けるつもり」


「行きたいところがたくさんある。話に聞いた町。ぶらりと知らない町も回りたい」


「また行きたい町だってあるし」


「そうね。旅をする内に行きたいところがどんどん増えたわ。放浪癖ほうろうぐせが付いちゃったのよ、あんたらのせいでね。まず手始めにあの山を越えて、そのあとは星を一周いっしゅうするつもりよ」


「え、ホントに……?」


 僕は心底驚いてミュートを見る。するとミュートも驚いた顔で僕を見返した。僕が本気にしていなかったことに驚いているらしい。そんな僕たちの様子が可笑おかしかったのか、オルダはクスクスと笑った。この町に来て、オルダの笑い声を何度も、それもすさまじいのを聞いたけど、心から笑っているように感じたのはこれが初めてだった。


 オルダの笑いがおさまると、ミュートは「それにさ」と真面目まじめな表情でオルダを見据みすえた。

 

「あたしだって罪滅つみほろぼしをしなくちゃいけないし」


「罪滅ぼし?」


「そう。あたしのわりに、オルダはほかの誰かの命をうばうんだから。……だからってあたしには物騒ぶっそうなことをする勇気もない。……それにあたしは、知らない誰かに手を差し伸べられるほど、心が大きくないから。あたしは目の前しか見えないし、自分のことで精一杯せいいっぱい。見知らぬ誰かや世間せけんに構ってたら、あっというにおばあちゃんだよ。でもまあ、せめて、旅のついでに聞き回るくらいはできるし、……したいから」


 2人はしばらくのあいだ見詰め合っていた、まるで心の内を探り合うように。にらめっこのてに、2人はテレパシーで会話でもしているみたいに、同時にふくみ笑いをした。オルダはそれを気持ちのいい笑顔に変えた。


「ありがとう、ミュート」


「べ、別にあんたのためじゃないし」


「ふふ、そうだよね」


「ええ、まったくね」


 れと気取きどりを半分ずつの、見たら笑わずにはいられない可笑おかしな顔で、ミュートはそう言った。


 それから僕たちは、地面に腰を下ろしたまま4人で語り続けた。感情がたかぶっているからなのか、それとも疲れているせいなのか、なかば放心状態で、半ばかれたように、いつまでもいつまでも。ほたるの光にらされながら、時間を忘れて、いつまでもいつまでも。

 

 話題は少しもきなかった、話は止まらず、……というよりも止められなかった。いろんな感情が次から次へとあふれて、正直な気持ちが口をいて出た。ミュートの意外な一面が垣間見かいまみえ、僕も思わぬ本音をこぼしてしまったり。本当なら想像そうぞうもできないようなオルダとハックの身の上話が、何故なぜだかすごくに落ちた。夢を見るように、おまじないを口にするように、昔話を聞くように。まるで自分のことのように、かがみくもりをはらうように、かげを光で照らすように。

 

 腰を落ち着けて、自分自身の気持ちを打ち明けることで、僕たちは、ほんの少しだけい、ゆるし合えたような気がする。まるで、それを祝福しゅくふくするように朝日がのぼった。夜の一切いっさいを吹き消すようなやわらかな閃光せんこうが辺りに広がっていく。蛍は光をき消され、幻想げんそう灯火ともしびはただの昆虫こんちゅうに返った。蛍たちは一斉いっせいに飛び立つと、あっというにその姿を消した。きっとみずうみに帰って行ったんだろう。

 

 しゃべり続けて疲れ果て、がらみたいになった僕たちの心と身体に、あたたかい日の光が差し込んだ。まだ起き立てのお日様ひさまの赤ちゃんだけど、まるでお母さんのようにすべてを心地ここちよくつつみ込んでくれる。子供の嘘を容易たやすく見抜くように、世界を明るくめ上げていく。


 日の光に照らされた町は、裏も表も、影も含みもなくなって、本当の透明とうめいになっていた。硝子がらすの人たちや建物もお城も、すべてがくずれて壊れて、地面は破片はへんだらけだったけど、すごく綺麗きれいな光景だった。


 硝子の破片が太陽の光を切り分けて、七色に光輝いていた。赤色、橙色だいだいいろ、黄色、緑色、青色、藍色あいいろ、紫色。それぞれが重なり合い、なく混じり合って、そのすべてが優劣ゆうれつなく綺麗だ。そしてどこを切り取っても、一つとして同じ色はない。たった七つの色合いで無限むげんの色が生まれるんだ。

 

 太陽の光こそ、世界で一番綺麗なだ。透明なものも、はるか遠くの山も、広い空も、そして、人の心さえ綺麗にしてしまうんだから。

 

 僕たちは長らく、黙ってただ、太陽とそれに輝く風景をながめていた。時々横目で誰かを見たり、その存在を感じながら。たくさん喋ったあとなら、なにも言わなくたって心をわせるものなんだ。

 

 気持ちのいい朝の空気を吸い込もうとした拍子ひょうしに、大きくおなかが鳴ってしまった。本当に久し振りにお腹が鳴った。ミュートは感慨深かんがいぶかげに僕に笑い掛けた。何処どことなく慈愛顔じあいがおなのが少しだけにくらしい。

 だけど、ミュートのお腹もられたのか、大きな音を立てた。それも、僕より一層いっそうひどく、まるで大きなたきの音のように。ミュート自身が驚いて、お腹をち抜かれたみたいな顔をしていた。

 

 可笑おかしくて、2人で笑い合う。お腹がりすぎて、笑うとお腹が痛むくらいで、もう何でもいいから食べたかった。といっても、もう魔石はりだけれど。


 食べ物だけじゃない、今の僕は全部が空腹くうふくだった。やりたいことがたくさんある。いろんなところに行って、いろんな人と出会って、たくさん喋りたい。もう何も誤魔化ごまかさなくていいんだから、気兼きがねなくお喋りができる。自分の言葉で、確かな心で。


 それだけじゃない。


 温泉おんせんにだって入りたい、楽しい音楽を聴きたい、お酒だって飲んでみたい、砂漠さばくの乾いた風をはだで感じたい、綺麗な星空を眺めたい、知らないことを知りたい、たくさんのものを太陽にかして見てみたい。

 

 ミュートと一緒に。


 なんだか、よろいだったときよりも、ずっとがらんどうになった気分だ、まるで抜け殻になったみたいに。

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