19

 オルダは挑戦的ちょうせんてきな笑みを浮かべ、こちらに一歩踏み出した。

 

 僕は下半身のよろいを外した。そして辺りを見渡す。目当てのものを見付け、僕はそれに近付く。すぐ近くに転がっていたのは、今まで僕の命をつなめてくれていたよろい。そこから籠手こてを外し、それを両手にはめ込んだ。両の拳をにぎり込み、拳の内側と正面を、それぞれ2回ずつ打ち付け合い、半身になって拳を構えた。

 

 ……相手が1人で、それも接近戦だってんなら、相手が獲物えものを持っていようと負ける気がしない。

 

 横でミュートが魔石を構えるのを、僕は腕を伸ばしてせいした。

 

「ミュート、手出し無用むようだよ、フェアじゃない」


「あ、あんたね……前回の時もそうやって余裕よゆうかましてやられたんでしょ! スポーツマンシップだなんだって言ってさあ!」


「はは、そうだね、あはは!」


「なに笑ってんのよ、コラァ!」


「あはは! ごめんね、でも今のこれは違うよ。これは騎士道きしどうさ」


「はい? なにが違うのよ! 騎士道きしどうかなんか知らんけど、死んだら終わりでしょうが!」


「死なないよ、僕は。分かるんだ。長いあいだよろいになって慣れない剣をぶら下げて旅をしたんだ、騎士道きしどうの勉強はバッチリさ」


「……よく分かんない」


「僕の騎士道きしどう特別製とくべつせいで、すごくちっちゃいんだ」


「ちっちゃいんかい!」


「そうだよ、この拳にちゃんとおさまるくらいにね。旅をする内にほどを知ったよ。臆病おくびょうになっちゃった。危ない目にったり、上手うまくいかないことばっかりだったからね。今の僕は自分の実力を理解してる。……死んだりしない。君を1人になんてしないよ。君を助けて、僕も生き残る。そして2人で幸せになろう! これが終わったら結婚けっこんしよう!」


「う、うれしいけどさ、……多分たぶん、今じゃないよ!」


「ははは! それもそうだね」


「……こ、これが終わったらさ、ま、またもう一度言ってよ」


「アイアイサー」


「よろしい」


「下がっててミュート、すぐ終わらせるから」


「危なくなったら加勢かせいするから」


「ありがと。でも多分たぶん必要ない。僕1人で充分だよ」


 オルダは、邪魔じゃま硝子がらすかたまりを、荒々あらあらしくばしながら近付いてくる。られた硝子がらすくだけてこなになり、風に乗って飛んでいった。


なに? 私に勝てる気でいるの? それも1人で、武器も持たずに」


「僕は一対一いったいいち専門せんもんだからね。それに武器なら持ってるよ」


「ナイフでもかくしているの?」


「もっと危ないものだよ」


爆弾ばくだんの魔石かしら」


「この拳さ」


「は! 馬鹿ばかなんじゃないの? ハックにも勝てなかったあなたが、今の私に勝てるわけないでしょ? それも、生身なまみのその身体で。人をめるのもいい加減かげんにしなさいよ」


「どうかな? それは僕のセリフかもしれないよ」


「はあ?」


「きっと後悔こうかいするよ。無理して直接ちょくせつたたきのめそうなんて思わなければよかった、僕に近付かなければよかった、僕をめなければよかったってね」


 僕の言葉を受けオルダは表情ひょうじょうを消し、腰を落とすとし、一気いっきに距離をめてきた。そして、華奢きゃしゃな身体からは想像そうぞうもできないほどの、すさまじい速度で剣を振るった。横薙よこなぎ、斬り上げ、袈裟切けさぎりと連続で。だけど僕にはかすりもしなかった。目と身体の動きで次の攻撃が簡単に読める。籠手こてで受けるまでもない。


「殺してやる!!」


 感情かんじょうあらわにしてたら一対一いったいいちの勝負じゃあ負け確定かくていだ。今この瞬間しゅんかんの読み合いなんだから。

 どんなに威力いりょくのある剣戟けんげきだろうと、当たらなきゃ体操たいそうをしてるのと変わらない。下段げだんへのはらいも、するどく踏み込んだ斬り上げも、殺気に満ちた唐竹からたけりも、すべて風切かざきおんに変わる。

 

「あああ!! なんで! 当たら! ないの! うあああ!! ふっざけんなぁあ!!」


 オルダは刀剣とうけんを振り回しながら後退こうたいすると、忌々いまいましそうに僕をにらみ付けた。


「なんで当たらないかって? そんなの当たり前だよ。僕を誰だと思ってるんだ!」


「はあ? そんなの知らないわよ!」


「僕はサンデー・ヘミング。なぐいのスペシャリストだ!」


 さけぶと同時に僕は間合まあいを詰めた。剣戟けんげきくぐり抜けパンチをはなつ。オルダはかろうじてかわし、その場にとどまりながら反撃をしてくる。僕も負けじとパンチを次々はなった。お互いの攻撃は少しも相手に入らない。だけど段々だんだんと僕が優勢ゆうせいになっていった。オルダは攻撃を繰り出す余裕よゆうがなくなっていき、うしろに浮遊ふゆうし、僕から距離を取った。


「僕はナックルファイト無敗むはいのチャンピオンなのさ!」


「だからなに!? スポーツマンなんかが私にかなうわけないでしょ!!」


 オルダは刀剣とうけんを構え、浮遊ふゆうしながら飛び掛かってきた。加速かそくの付いたきは、ながぼしみたいにするどくて、太刀筋たちすじが見えにくい。でも僕には当たらない。ながぼしと一緒で、虚空こくうに消えて、それでおしまいだ。すれちがざま、僕は刀剣とうけんはらにストレートを打ち込んだ。


 ダイヤモンドの刀剣とうけんは音を立てて真っ二つに折れた。それを見てあわてたのか、オルダはバランスをくずして地面に落ち、はげしく地面をころがった。いきおいがおさまり回転が止まると、オルダはすぐに身を起こし大声おおごえさけんだ。


「どうして! なんでよろいの時より、パンチが速いわけ!?」


ひじが満足にがらなきゃ、本当のパンチは打てないからね」


 それだけじゃない。今の僕のパンチと足運びのスピードは、よろいになる前のじゃない。自分でも信じられないほどの速さでパンチが打てる、……直前ちょくぜんまで魔法使いがこの身体を使っていたからだろうか? もしかして僕が人より速くパンチを打てるのは、魔法だったりするんだろうか。……今はそんなのどうでもいい。

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