18

 どこか現実感がなくて僕は混乱こんらんしていた。ミュートがいくつか僕に質問しつもんして、それに僕はすらすらと答えることができた。どうやら僕は記憶を取り戻したらしい。でも不思議な違和感があった。なんだか2人の僕がいて、それがみ合っていないような感じ。よろいになる前の記憶がうすくて、まるで他人事たにんごとで、夢の内容みたいにぼんやりしていた。


 だけど、息をむようなおそろしい笑い声を聞いて、僕の頭は覚醒かくせいした。そしてはっきりと思い出す、ミュートを殺そうとしているやつがすぐ近くにいることを。

 頭に血が上り記憶がめぐる。昔の僕が、僕の頭をうしろから思い切りなぐり付けた。そして、昔の僕と旅をしてきた僕がみ合う。記憶と思い出、たましいと身体がなく一つになった。


「……戻ったよミュート。すべて思い出した」


 僕の言葉にミュートはなみだぐむ。だけど僕が「ただいま」と口にするとさっと真顔まがおになり、「はいはい」と冷たい声で返してきた。


「……え? なんか冷たくない?」


「別に」


「そ、そう……?」


 突然とつぜんぴたりと、オルダの笑い声がまった。だけど口のはしり上がったままで、変わらずなみだほほつたい続けている。血走ちばしってわった目と、口元のうすら笑いは完全に独立どくりつしていて、心底しんそこ薄気味うすきみわるくて、ちぐはぐな表情だった。


「……はは、私を絶対にひとりにしないって言ったのに、私より先に死なないって言ったのに、だから私はさ今まで生きてきたのに、……はは、死んでやる、はは、……もう死ぬしかない、そうだよね? うん、はは……は? うん、そうだよ……だけど、その、前にあんたらをつぶしてやる……ぷちゅん、てほたるみたいに。ぷちゅん、ぷちゅん。あんたらのなか黄緑きみどりを引きずり出して、あげるから……ふふ、んふふ、は! ふへへ! あははははははは、はは!!」


 オルダは上唇うわくちびる一舐ひとなめし、するど眼光がんこうを僕たちに向けた。すると、ほほ目尻めじりなみだがオルダから離れ、ちゅうに浮かび上がった。いくつものなみだたまになって、オルダの顔のまわりにまっている。

 オルダは脱力だつりょくしたままあやつ人形にんぎょうのように立ち上がると、右手を空に向かって伸ばし人差し指を立てた。そしてすぐに右手を下ろし、ひらを地面に向けた。


つぶれろ」


 オルダのつぶやきに合わせ、浮遊ふゆうしていたなみだが雨のように地面に落ちた。少しのあと、つんざくような硝子がらすこすれる音が聞こえ、地面に次々つぎつぎ亀裂きれつが入っていった。オルダを中心にして地面がくだけていく。それにしたがい地面が陥没かんぼつしていった。のがれようと僕たちはす、だけど、すぐにあきらめた。あた一帯いったい……まるごとがしずんでいたからだ。


 オルダは右腕をだらりと下げたままうつむいていた。かみが顔に掛かり、表情がかくれているせいか、ひとかたちをしていても無機物むきぶつのように感じてしまう。まるで案山子かかし祭事さいじで使う人形にんぎょうのようだ。


「私ねぇ、重くする方がずっと得意とくいなの、なにかを浮かせたり飛ばすよりずっと。しずめたり、つぶしたりする方がずっと得意とくいでずっと好き。でも普段ふだんはしないの。だってカッコ悪いじゃない? エレガントじゃないし。

 こんなふうに地面をるなんて、そんなのまるで巨人きょじんなにかみたいじゃない? 土でできた大きなお人形にんぎょうだよ。でもさ、なんか夢があっていいよね。おとぎの国のお話みたいでわくわくする。お人形にんぎょうは好きだけど、……お人形にんぎょうあつかいはきらい。きらいだな。……大嫌だいきらい、虫唾むしずが走ってしまうもの。

 でも今は、まるで人形にんぎょうみたいな気持ち。うらやましい生きているのが。あなたたちが生きているのがうらやましい。本当に。いいな。いいな。いいな大人になれて。いいな、恋ができてさ。……なのに私はもうひとりぼっち。こんなのあんまりだよ。偽物にせものの恋すら取り上げられて。よくも。もう死ぬしかないじゃん。でもひとりで死ぬのはいやさみしい。よくも。もうおさまりが付かない。ひとりで死ぬのはこわい。いやだよ。よくもハックを殺したな」

 

 言葉を切り、オルダは脱力だつりょくしたまま顔だけを上げた。オルダのひとみ小刻こきざみに動いて、僕とミュートを交互こうごとらえた。まるでなにかを確かめるように執拗しつように何度も。


うらやましい。いいな。ひとりぼっちで死ぬのはいやだよこわい。いてやりたい。わくわくするもの。偽物にせものの恋? 偽物にせもの? そんなわけない、そんなわけない。そんなこと言ったらハックにおこられる。よくもハックを殺したな。わくわくしてる? あなたたちもわくわくしてる? おさまりが付かないよ、あなたたちをこの手でズタズタにかなくちゃ。おさまりが付かない、あなたたちをぺしゃんこにしてやらないと。わくわくする。わくわくしてる? 当たり前だよね、自分たちのことなんだから。私ももっとわくわくしなきゃいけない。

 ……こんなときはね、相手の立場になって考えるといいんだよ。……ああ……自分の中身が見れるなんてわくわくする、好きな人の中身をのぞけるなんてぞくぞくする。見たことないでしょ? 自分の四肢しし駆動くどうを。身体が火照ほてる仕組みを。好きな子の甘い吐息といきみなもとを。自分にときめいてくれる鼓動こどうを。見たいでしょ? 知りたいでしょ? 見せてあげる。私にも見せてよ、恋の絡繰からくりを、愛の源泉げんせんを。それを形見かたみいだいて、私もすぐにあとを追うから。教えて、恋ってなんなのか。愛ってなに? のぞかせて。ほたるの光の秘密ひみつを教えてよ。不思議だよね? よくもハックを殺したな。なんで? よくも。よくも。よくも、よくも、よくもよくもよくもよくも。なんでぇ。どうしてなのぉ」


 オルダは表情をくずし、大粒おおつぶなみだを流した。少しして流れるなみだ間隔かんかくひらき、オルダの表情は落ち着いたものに変わった。視線しせんさだまり、青いひとみがじっと僕たちをとらえていた。


「あなたたちの死体は土の下にめてあげる、昔みたいに。今じゃすたれてしまったけど、特別で格調かくちょう高いとむらい方なのよ。手間暇てまひまの掛かる方法は、ただそれだけで価値かちがあるものだわ。だから、……だからね、……あなたたちも手間暇てまひま掛けて、丁寧ていねいきざんであげる」


 オルダは僕たちをにらんだままゆっくりとその場にしゃがみ込み、右手を地面のに差し入れた。すると、一瞬いっしゅんだけ地面の下に閃光せんこうが走った。オルダが右手を引き抜くと、そこには透明とうめい刀剣とうけんにぎられていた。それは片刃かたばで細長く、ややっていた。っすらと青みかりかがやさまは、硝子がらすこおりではないように思えた。


「これはね、ダイヤモンドでできてるの。綺麗きれいでしょ? これは命の結晶けっしょうなんだよ。いいえ、死者の結晶けっしょうね。このダイヤモンドね、人の死体でできているの。ほね結晶けっしょうよ。……ふふ、……これは、たくさんの死者たちが手を取り合って、ここに存在しているのよ。

 ここはね、大昔、……私が生まれるよりもずっと前、太古たいこの昔にはとても大きな都市としだったそうよ。今の町とはくらものにならないほど、たくさんの人が集まってらしていたらしいわ。……この町の地下には、おびただしい数の人骨じんこつまってるの。……だからさみしくない。地のそこはすぐには寝付けないほどにぎやかだから。楽しいはずよ。今よりやたかで楽しい時代の、人類じんるい全盛期ぜんせいきのお話が聞けるんだもの。きっと素敵な夢が見れるはず」


 オルダは刀剣とうけんを両手で持ち正面でかまえた。なみだを流しながらも微笑ほほえむその表情は、まるでものが落ちたように気が抜けておだやかだった。

 

「本当に綺麗きれいね。人を殺すのだもの、美しくなきゃいけない。そしてね、お葬式そうしきおごそかでないといけないの。儀式ぎしきは意味と無意味むいみ混血児こんけつじ神聖しんせいを込めさえすれば、ただの枝葉えだは一振ひとふりであらしこす。意味のない形式けいしきなにかの拍子ひょうしに意味を持ち、人をつたって、血よりもく広く後世こうせいがれていく。

 あはは、一番初めの人殺しは、さぞ気持ちよかったでしょうね。はは、快感かいらくで頭が変になるくらいだったはず。今の私なんかとはくらものにならないくらい頭がしびれていたはずよ。本当にすごいわ、誰に教わるでもなく、人を殺してみようと考え付くなんて。世界で一番むべき発明家はつめいかだわ。人殺しの発明家はつめいか同族どうぞくごろしの始祖しそ。だけど、今の私にとっては偉大いだい発明家はつめいかだわ。いくら感謝してもし切れたものじゃない。したいもの人殺し。やりたいもの人殺し。今私が一番したいこと。人を殺すのに、こんなに嬉しくなれるものなんだね。あんなにいやだったのに。……今はしたくてしたくてたまらないわ!!」

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