16

 てっきりとどめをしに来るかと思っていたけど、ハックは近付いて来ず、自己嫌悪じこけんお残酷ざんこくさを合わせたような気持ちの悪いみを浮かべた。


「……はは……は……死んじまえ、俺みてえに……くたばれ、俺みてえによ……へ、へははははははははは……へ……はは……」


 顔をひくひくふるわせてハックは笑い続ける。快感かいかんもだえるように、怖気おぞけを感じているように。繰り返し、ひくひくと。笑いがおさまってもハックはどこか呼吸がくるしそうだった、息が満足に吸えていないように。だけど目をすわわらせて僕をじっと見ている。だけど突然とつぜん感情かんじょうの糸が切れたかのように真顔になると、風を起こしてちゅうに浮かび上がっていった。


 煙幕えんまくが吹き飛んで消え、ほたるも飛ばされあたりは一気に暗くなった。


「……見ぃ付けたぁ」


 声がした方に視線しせんを向けると、思いのほか近くにオルダがいた。満天まんてんの星をちゅうに浮かび、天使みたいな姿で、悪魔のように笑っていた。オルダはすずのように綺麗きれいな声で「ふふ」と笑うと、僕に右手を伸ばした。なんだかそれがひどくゆっくりに感じた。視界しかいせばまってオルダが本当にすぐ近くにいるような錯覚さっかく、まるで顔の目の前にひらをかざされているような。


 ……サンデー!!……

 

 反対にミュートの声はすごく遠くに感じた。身体に振動しんどうを感じるほどなのに、まるで川の向こうから声を掛けられているみたい。


 オルダの周りにが次々現れて、月の光にれて輝いた。それが一つ、また一つと僕に向かって降って来た。本当にゆっくりに感じるのに、僕にはどうすることもできなかった。けることも起き上がることも。雨よりものんびり降って来るのに、それを見ていることしかできない。胴体どうたいに何本も撃ち込まれても、太股ふとももつらぬかれても、右脚がはずれても。僕は雨粒あまつぶよりものんびりだ。そんなことだから、ついに僕はぷたつにされ、丁度ちょうど腰のところでわかれてしまった。


 目の前に転がる自分のあし、その信じられない光景こうけいを見るうちに、頭のなか走馬灯そうまとうぎった。そして、ふと可笑おかしくなって、笑ってしまう。……走馬灯そうまとうにはミュートしか出てこなかった。もし神様が僕をらくに死なせようとしてるなら、上手うまい手だなって思った。僕の人生も、そうてたもんじゃなかったなんて思えてくる。……だけどそう簡単に割り切れたりしない。自分のことだけを考えるなんて、自分が死ぬって時にだってできやしないんだ。本当に最後に思うのは、大切な人のことなんだ。……このままじゃミュートが殺されてしまう。


 きゅうに星空がかげり、の雨がやんだ。よっぽどくもが多いのか地面にまでくもが降りて来ているようだ。……ああそうか、これは煙幕えんまくだ、なんて思っていると、わきしたうしろから両手を差し込まれ、僕は地面をずるずると引きずられた。僕のあしが遠ざかり、けむりの向こうに消えていく。けむりなかほたるは、大きな火の玉のようで本当に綺麗きれいだった。まるで夢の中にいるみたいだ。力が抜けて、意識がけそうになる。

 

 ……意識は、いったい、なにに、けるんだろう……? 水かなぁ……。それとも空に……? 土の中……? ……空がいいなぁ……星のそばならきれいだし……たくさんだから楽しそう……なんだかすごく明るい……やさしい光の世界だ……ぼんやりしてるうちに……もうお空に来てたみたい……星の光って近くで見るとこんなにきれいなんだ……。

 

 ポタリと、っぺたにあついのを感じて、僕はわれに帰った。光の向こうで、ミュートは声を押し殺して泣いていた。何度も小さく僕の名前を呼んで、ポタポタとなみだこぼしている。

 

 ミュートのなみだに打たれたのか、僕の顔にまっていたほたるが飛び立った。ミュートの顔がはっきり見えて、僕は自分の置かれている状況じょうきょうを思い出した。

 僕たちは建物たてものかげにいた。ミュートは仰向あおむけの僕におおかぶさって顔をせていた。突風とっぷうの鳴る音が聞こえる。


「……ミュート……」


「……サンデー……よかった……サンデー……死んじゃったのかと……サンデー……」


 ミュートはせきを切ったようになみだを流し、僕を強くめた。


「……煙幕えんまくの、魔石は……あといくつある……?」


「……もう……なくなった…………」


 風に飛ばされてあたりのけむりはほとんど消え掛かっていた。見付かるのはもう時間の問題だ。……なにか手はないかと考えをめぐらせる……でも……手詰てづまりだ……ここから逆転ぎゃくてんなんて不可能だ……僕は役に立たないどころか足手まといだ……おとりにさえなれず、人質ひとじちにしかなれない……ミュートは僕を置いてげてはくれない。……ミュートが殺される……そんな、……まさか本当に……? ……本当に殺される……? ミュートが……?

 

 考えても考えても、なにをどうしたって、ミュートが殺される未来しか思い浮かばなかった。……そのあきらめがつたわってしまったのか、ミュートは脱力だつりょくし僕の名前を呼ぶのをやめ、つかわしくない、慈愛じあい達観たっかんぜたような表情を浮かべ、「大好きだよサンデー」と言って微笑ほほえんだ。ミュートはそのまま、顔をこれでもかと僕の顔に寄せた。きんとばりおおわれて目の前がくらになる。

 

 そしてミュートは僕にキスをした。

 

 恥ずかしくて身体があつくなるのが分かる。……だけど……正直しょうじき、今までで一番いちばんしあわせを感じた。天国てんごくのぼってもいいかもなんて気持ちが一瞬いっしゅんで消えてしまう。……そして思った……もし、2人で笑いながらキスができたら、どんなにしあわせだろうなって……。

 

 その執着しゅうちゃくのせいなのか、恥ずかしくて頭に血がのぼったせいなのか分からないけど、一つの考えが浮かんだ。あとのことは分からない、だけど、今のこの状況じょうきょうだけならなんとかできるかもしれない。……神様に感謝かんしゃだ、ミュートとの旅の思い出を振り返させてくれたから。

 

「……聞いて、ミュート1人じゃ、あいつらにてない……げるのも無理だ……それに、げられたとしても……ミュートは……あとわずかも生きられないし……」


「……分かった……一緒いっしょ自爆じばくってことね……待ってね、すぐに……」


「……ちょ、ち、違うよ……ストップ、ストップ……」


「……ふぇ……?」


「……いいミュート……よく聞いて……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る