15

 あんじょうというか、そううまくはいかず、洞窟どうくつを抜けた先で、オルダとハックはそろって僕たちを待ち構えていた。


 硝子がらすの長い洞窟どうくつを抜けるとそこは町中まちなかだった。ほたるが僕たちに雪のように降り掛かる。


 洞窟どうくつは進む内に徐々じょじょせばまり、なだらかなのぼざかになっていった。やがて短い縦穴たてあなに変わり、い上がると地上に出た。ほたるたちはまるで吸い込まれるようにして、あなの中に飛び込んでいく。四方八方しほうはっぽうから押し寄せる光の洪水こうずいは息をむほど綺麗きれいだったけど、感嘆かんたんしているひまはなかった。光の向こう、建物たてものかたわらにたたずむ影を認めた瞬間しゅんかん、息が止まり身体が固まる。

 

「速い速い、もう着いたのね」


 平静をよそおった声に、見開かれた目蓋まぶた、引きしぼられた青いひとみ。片側のかみが切れて短くなり、左耳のしたあたりでそろっていた。アンバランスな髪形かみがたが狂気に拍車はくしゃを掛けている。頭を僅かにかたむけ、口角こうかくり上げっすら笑っている。


 オルダのそばのハックはきずえたせいなのか、余裕よゆうあるへらへらしたうすみをこちらに向け、建物たてものに背をあずけて、地面に立てたやりを巻き込んで腕を組んでいた。


「そりゃあそうだぜ。てめえが少しでくたばるってのに、ぼやぼやしてらんねえよ。なあ?」


 2人は僕たちを見て、僕たちに語り掛けている。だけど実際じっさいはお互いを見て、お互いに語り掛け合っているように、僕には感じた。お互いをなぐさめ合うように。子守唄こもりうたを聞かせるように。愛し合うように。あるいは自分自身に言い聞かせるように。暗示あんじを掛けるように。童心どうしんに帰るように。からもるように。


「時間は待ってくれないわ」


砂時計すなどけいたたろうとな」


日時計ひどけいが使えなくたって時間は進む」


秒針びょうしんは止まらない、チクタク音を立てて進む」


「そう、チック、タック、チック、タック」


「お前らの命の音だ」


「星はなくて無慈悲むじひなの」


「見向きもしてくれねえ」


「でもね、私ならめてあげられるわよ。宝石ほうせきに変えてね」


「夜のお出ましだ」


宝石ほうせきは夜こそ美しい。……ああ、でもおこのみなら、そのままの姿でめてあげることもできる。お気にすまま」


贅沢ぜいたくざま


素敵すてきね」


「ああ、最高だ」


「とてもロマンチックだわ。2人切りで星がほろびるまで過ごせるなんて。……素敵すてきな夜の博物館はくぶつかん


博物館はくぶつかんでは不満の声が上がったためしがない」


「みんな幸せなのね」


「ああ、満ち足りているんだ」


「この世は硝子がらすかごの中」


「人はみな、お人形にんぎょう


「可愛い姫様ひめさま


勇敢ゆうかん騎士きし


「ぴったりじゃない」


「あつらえたみてえだ」


「優しくしてあげる。痛くしない」


「今の苦しさもたちまち消えちまう。すごく、楽になる」


「そうしたら?」


「悪いことは言わねえ、そうしろよ。な?」


 2人の問い掛けを受けて、僕が最初に言いはなち、それにミュートが続いた。

 

「クソったれ」


「死んじまえ」


 僕たちの返答を聞き、オルダは満面まんめんみを浮かべ、ハックは舌を出して邪悪じゃあくに笑った。


「あは! いいじゃん! 好きよ! ねえハック?」


「……ああ。やべぇ……最高だ……俺は、お前らが、大好きだ……!」


「やっと、……今まで食べてきた子たちみたいになってくれた……私はこの関係性かんけいせいが好き、大好き、最高……」


「俺たちのために死んでくれ。……先に礼を言わせてくれよ、『ありがとう』」


「『ありがとう』、『ありがとう』」


 僕たちに感謝をべて笑う2人の顔は、見ていてき気がするほど、気持ち悪くて不気味ぶきみだった。もう僕たちを人間として見ていないんだ。『ありがとう』ってその言葉が、『いただきます』にしか聞こえない。


 ミュートが低く小声で僕に声を掛けた。


「いくよサンデー、ねらいはハック」


「いつでもどうぞ」


 僕の返事と同時に、ミュートはオルダに向かって魔石を投げた。僕はハックに向かってけ出す。


 魔石は低い弾道だんどうえがき、オルダの足元に飛んでいく。オルダは地面から僅かに浮かび上がり、すかさずハックはそこへ突風とっぷうびせた。すると、オルダの身体は一気に宙高ちゅうたかい上がった。

 ハック自身も、爆弾ばくだんの魔石からのがれるために、横に大きく飛んだ。魔石は地面に着弾ちゃくだんし、硝子がらすくだり、巻き込まれたほたるたちの身体が飛び散った。


 地面に転がりながら受け身を取ったハックはすぐに起き上がる。体勢たいせいを立て直す前に飛び掛かろうと僕は脚に力を込める。


 視界のすみでオルダが僕に手を伸ばしているのが見えた。やられると思った瞬間しゅんかん、僕とハックのあいだの地面に魔石が投げ込まれた。爆弾ばくだんの魔石だと思って身構みがまえるけど、爆発ばくはつは起こらずあたりにけむりが広がった。煙幕えんまくの魔石だ。これならオルダも迂闊うかつに手を出せない。けむりなんてハックならすぐにき飛ばせる。その前に飛び込もうと一直線いっちょくせん間合まあいをめる。


 ガツンと左肩にやりが打ち込まれる。でも穂先ほさきじゃなく、の部分だ。かなりハックに近付いていたようで打ち込みは浅く、痛みはほとんどなかった。更に踏み込み、ハックの姿をとらえる。かぶり頭に向かって右ストレートをはなつ。だけどとっさに身を引かれ、パンチはハックの右肩に当たる。

 

 頭には決まらなかったけど助走を付けていた分パンチに威力いりょくが乗り、ハックは身をひねりながら地面に倒れ込んだ。

 

 足元へのやりの払いを飛んでけ、ハックに飛び掛かっておおかぶさり、何発なんぱつかパンチをびせるけど、やりたくみに押し返され決まり切らない。手こずる内にはらりをらい、間合まあいを取られる。

 

 ハックは起き上がりざま、回転しながら払いを繰り出した。間合まあいをめられないようにとハックは、下段、上段と払いを繰り返す。やりには遠心力えんしんりょくが乗って、物凄ものすごい音を立てながらくうを切る。だけど僕はやりを左腕で受けながら強引ごういんに突っ込んだ。にぶい音がして激痛げきつうが走る。

 

 ハックにり付くように間合まあいをめながら、僕はパンチを打ち続けた。ハックは石突いしつきの殴打おうだりで応酬おうしゅうする。

 間合まあいを読み合い、打ち合うのが何故なぜだかなつかかしく感じた。世界に相手と自分しかいないような感覚。自分自身を痛め付けるような、自分自身に痛め付けられるような、みょう高揚感こうようかん


 突然とつぜん、けたたましい破砕音はさいおんひびいた。それに続けてオルダの咆哮ほうこう、笑いごえ悲鳴ひめい


「ミュート!?」


「あたしに構わないで! なんとかするから!」


 ミュートの怒鳴どなごえ直後ちょくご煙幕えんまくの魔石が展開てんかいする音がし、つづざま爆発音ばくはつおんが連続であたりにひびいた。


「あーあーほたるたちが可哀想かわいそう、……あと、もう少しだけ生きられたのに。あなたたちみたいにさあ! 同族嫌悪どうぞくけんおしちゃったあ? ……ははは、あはははははは!」


「あんた! いい加減かげんに……!!」


 はげしい破砕音はさいおん爆発音ばくはつおんは、加速度的かそくどてき激化げきかしていった。オルダの挑発ちょうはつに、ミュートはまるで火薬かやくが音を立てるように激怒げきどし、怒鳴どなり返した。今のミュートには静電気せいでんきだろうと着火剤ちゃっかざいだ。なのにオルダはそこに火炎瓶かえんびんを投げ込む。今までのいきどおりをすべてき出すようにミュートはさけぶ。オルダは子供のようにゲラゲラ笑い、わめいてさけんで悲鳴ひめいを上げる。


 2人の言葉は徐々じょじょくずれていき、やがて雄叫おたけびとの区別が付かなくなる。そればかりかオルダとミュートのさけびが、破壊音はかいおんと溶け合っていく。爆発ばくはつするように声をはっし、くだけるように反応を返す。


「オラア! ボヤっとしてんなあ! 片手間かたてまたぁつれねえぜ! 末後まつごのお相手は俺なんだぜえ! もうあの女のことは忘れちまえ!」


 ハックはまるで犬のように歯をき出しにして表情をゆがませた。


 何度もやりで打たれ僕の身体は徐々じょじょこわれていく。ゆるみ、破片はへんが飛び散り、少しずつ原形げんけいくずされていく。感覚がうすれ、本当に意識しないと身体が言うことを聞いてくれない。たましいよろい乖離かいりしていくような、人間じゃなくなっていくような、そんな感覚、予感、確信、恐怖きょうふ

 

 こんなに人をなぐっているのにこぶしが痛くならないなんて……本当にぞっとする。僕が僕じゃなくなっていくようでたまらなくこわい。そして目の前のハックがおそろしい……なぐられるたびうれしそうに僕に笑い掛ける……なんとも言えない恍惚こうこつな表情。薄気味うすきみわるい、気持ち悪い。……そして僕がそうさせているのが一番気持ち悪い。


 ……おそらく僕だって同じ顔をしているんだ。かがみを見ているも一緒なんだ。薄気味うすきみわるい、気持ち悪い。人を傷付きずつけて、人に傷付きずつけられて、へらへら笑っている自分のことが、……反吐へどが出るほど気持ち悪い。

 

 ハックへの嫌悪感けんおかん自己嫌悪じこけんおの区別が付かなくなっていくにしたがって、あらゆるものの境目さかいめけて、ないぜになっていく。肩にめり込むやりが、胸に打ち込むパンチが。間合まあいをはか面白おもしろさと、人を傷付きずつけるおそろしさが。

 

 ……僕は、人を傷付きずつけるのに、……よろこびを感じている……?


「人を傷付きずつけるのは楽しいか?」


 思っていたことを口にされ、動揺どうようし、一瞬いっしゅんすきを作ってしまう。そのすきをハックは見逃みのがさない。大きくかぶった下段への払いが、もろに僕の右膝みぎひざ直撃ちょくげきした。ガコンといやな音がする。バランスをくずし倒れそうになるのを右脚でる。だけど何故なぜか、僕はそのまま地面にたおれた。


 起き上がろうとして、そこで気付く、……右脚があらぬ方向に曲がっていた。完全に右膝みぎひざが外れてしまっていた。脚をつなめているのは、もう巻かれたぬのだけだった。

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