強いかぜが吹き、なにかのはためく音がした、うしろから、それもすぐ近くで。

 振り返り、まず目に付いたのは、薄ら笑い。薄暗うすぐら回廊かいろうに、浮かび上がるような白いかげたたずんでいた。ゆかから少し浮いて、かぜにドレスのすそがひれのようにらめいていた。


 オルダは両手を肩のあたりに上げ、ピアノでもくように指をくねらせ、ミュートにねらいをさだめていた。ミュートはオルダに気付かず、高いのにこわがり腰を引かせながら、地面をのぞき込んでいた。オルダはミュートに向かって、いきおいよく飛び掛かる。さくから突き落とす気だ……!


 僕はミュートの前に立ちはだかり、オルダにパンチを数発すうはつはなった。だけどそれを、オルダは幽霊ゆうれいみたいな身のこなしで、すべてかわした。うしろに飛びながら、オルダはこちらに右手を伸ばした。冷気れいきを感じ、が引く。するど矢尻やじりのすべてがこちらを向いている。こおり発射はっしゃされた瞬間しゅんかん、僕は腕を引かれ、とびらかげに引きずり込まれた。

 けたたましい破砕音はさいおんがして、バルコニーのさくはじんだ。


「……助かったよ、ミュート……」


「こちらこそ」


 ミュートはとびらかげかくれたまま、爆弾ばくだんの魔石を何個もほうり投げた。閃光せんこう爆発音ばくはつおんが鳴りひびき、硝子がらすくだる音が連鎖れんさする。音がしずまり、僕たちは慎重しんちょうなかの様子をうかがった。硝子がらす破片はへんらばるばかりで、オルダはどこにもいない。あとおうと僕たちはとびらかげから出た。


おにそとおにそと


 白いかげ回廊かいろうなかから立ち現れる。僕たちは再度さいどかげげ込む。僕の顔のすぐそばをがかすめ、ミュートのスカーフにあないた。


「ほら、出ておいで! おなかあなけてあげる! おいで! 氷菓子こおりがしをたらふくわせてあげるから!!」


 オルダのさけごえ端微塵ぱみじんれていた。血反吐ちへどくようにくるしげで、甲高かんだかくひびれた声だ。出ない声を無理矢理むりやり腹圧ふくあつき出しているんだ。


「そんなにそとが好き!? そんなにそこからの景色けしきが気に入った!? ……いいよぉ……あなたたちを殺したら、頭をはずして、そこにかざってあげるよ、2人仲良くね……。どお、悪くないでしょ? ……素敵すてき素敵すてき素敵すてき! 素敵すてき!! あなたたちもそう思うでしょ? なら首を振って、首の骨がはずれるくらい、はげしく、がくがく首を振って! 首を振れー! 頭をはずされるのが好きだって! 早くしろ! 首を振れよ!! 首をころがされるのが好き! うなずけ! 早く早く! じゃなきゃ殺す殺す。うなずけ! 目の前で首がころがるのが好き、それを見るのが大好き! 言わせるな! 自分で首を振るんだ!! うわーー!! 頭がはずれるところが好き、好き、大好き、愛してる……! はあ!? は!! 殺して! おねがい……じゃなきゃ殺してやる!! 殺して殺して殺してー!! ああーー!! ふざけんなって!! いやー! 殺してやる!! うわああー!!」


 こおりは、途切とぎれることなくはげしい音を打ち鳴らし続けた。とびられて粉々こなごなになり、は次々と城のそとに飛んでいく。オルダは、もうなにを言ってるのか分からないほど、声をあらげて激高げきこうしていた。もう完全にいかりでわれを忘れてる。


 バルコニーのふち徐々じょじょくずれ、ひびが入っていき、身をかくかべ白濁はくだくし、ひびが入り始める。バルコニーはどこにもつながっていない。出入口はここだけだ。上にも下にも足場はなく、げ道はない。完全にふくろのネズミだ。


「こ、このままじゃ殺されるわ……」


 ミュートの顔は蒼白そうはくで、声はふるえていた。


「……ああ、高い、高すぎでしょ……うう……リンゴのパイは絶対ぜったいにごめんよ……」


「いや、絶対ぜったい串刺くしざしの方が痛いよ……」


「……もう、あんたとは今生こんじょうわかれね」


「いや、死ぬのに今生こんじょうもなにも……」


いやよ、死ぬもんですか……」


 ミュートは頭をかかえ、目をいた。


「……どうにかしなきゃ……考えて、考えるのよ……このままじゃ確実かくじつにやられる」


爆弾ばくだんの魔石は?」


無理むりよ。こんなに攻勢こうせいはげしくちゃ、すぐに起爆きばくしてバルコニーが吹き飛ぶわ。……そ、そしたら、はー、下にさかさまじゃないですか!」


「ですか……? あ、そうだ、ミュートたしか、煙幕えんまくの魔石持ってたよね?」


「持ってるけど、……多分たぶんそれだけじゃ、あいつは攻撃こうげきをやめない。ここを抜けたあとなら使えるかもしれない。でも、ここを抜けられるかは、本当にいちばちかだわ、……何発なんぱつらっちゃうかもしれない。……いやよ、最後の晩餐ばんさんがつららで、それも直通ちょくつうなんて……! うあー!」


 ミュートは錯乱さくらんしたようなさけごえを上げて、はげしく地団太じたんだんだ。


「……ミュート、お、落ち着いて……! 余計よけいに、バルコニーがくずれるよ……」


「……うう……どうにかして、あいつをひるませないと」


「なら、このけんはどお?」


「……いいの?」


「うん。僕のセンスがないのか、あんまり役に立ったことないしね……」


「……分かった、ひるませて一気いっきに向こうのとびらげ込もう。……階段かいだんの方が近いけど、あいつはちゅうに浮ける……階段かいだんをちまちまりてたら、ねらちにされるわ」


「そうだね」


「でも、適当てきとうに投げても多分たぶん、気を引けない。……ねえ、サンデー、おとりになってくれない」


「……え」


 ミュートはリュックをろすと、なかから寝巻ねまきのしたを取り出した。


「今のあいつは完全に正気しょうきうしなってるわ。動くものには無条件むじょうけん攻撃こうげきを入れるはず、多分たぶん、おとりだなんて考えないと思う」


 ミュートは僕のけんを腰から引き抜き、いていたぬのくと、けん先端せんたん寝巻ねまきをむすび付けた。


「これであたしが気を引くうちに、向こうにうつって」


 攻勢こうせいふるえがくる。もしまともに受けたら、たとえ僕でも一溜ひとたまりりもない、おそらくバラバラだ……。


「向こうにうつったら寝巻ねまきをわたす、それであいつの気を引いて。そのすきにあたしがけんほうり投げる」


「……は、はは、分かった。それしかないなら、やるよ」


 僕たちは、動きをもう一度確認し合い、顔を見合みあわせた。ミュートは口を半開きにして、息を大きくい込むと、口をむすんで真剣な表情を浮かべた。


「いくよ、サンデー!」


「うん!」


 ミュートはけん頭上ずじょうかかげ、出入口の上部じょうぶ寝巻ねまきをはためかせた。その瞬間しゅんかん、攻撃は上部じょうぶに集中し、寝巻ねまきはあなだらけになった。

 僕は助走じょそうを付け、飛び込むように向こうがわわたった。がつまさきをかすめ、攻撃こうげき再度さいど出入口の下部かぶに向けられた。


 ミュートはけんから寝巻ねまきを取り外し、落ちていたくくり付け、こちらに山なりにほうって寄越よこした。僕はそれを受け取り、ミュートの顔を見た。少ししてミュートはゆっくりうなずき、けんかまえた。僕はかげからを伸ばし、寝巻ねまきを振った。途端とたんに、僕の方に攻撃こうげきが集まり、壁越かべごしにはげしい音が伝わってくる。


 ミュートはかげから飛び出すと、剣を思い切り振るい、けんをぶん投げた。すると攻撃こうげきがピタリとやんだ。ミュートが走り出し、僕もそれに続く。けんは回転しながら、ぐにオルダに飛んでいった。けんはオルダをかすめ、一束ひとたばかみらした。悲鳴ひめいを上げ、オルダは階下かいかへと落ちていく。オルダもいかりにわれを忘れ、油断ゆだんしていたんだろうけど、けん直撃ちょくげき寸前すんぜんだった。けんはそこまで速度は出ないはずなのに。……おそらく、空を飛んではいても、そこまで素早すばやく飛べるわけじゃないんだ。多分たぶん、魔石なら当てられる。


 いかくるったオルダがすぐにおそってくるかも分からないから、僕たちは必死ひっし回廊かいろうを走った。

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