「あんたの気持ちも分かるような気はするよ」


 ミュートの声は、なんだかとても優しかった。以前にも聞いたことのある声だ。少し考えて、すぐに思いいたった。……ダリくん、レムコムやハスコム、ミミクラやメイメイちゃん、自分より弱い人、……いや違う、傷付いたことのある人、傷付いている人へ向けた声色こわいろだ。


「……もちろん、そんな気がするだけでホントのところは分からないよ。……あたしは死んだことなんてないし、自分のことをそこまでないがしろにされたこともない。……だから想像そうぞうするしかない。……でも、こわかったはず。……じ、自分が死ぬのを納得なっとくさせられちゃうなんて……ってたかって死ぬように言われるなんて……おこって当然とうぜんだと思う。……自分が死んだのを見せられるなんて……こわいに決まってる……。……あたしなんて、半分の命がなくなっただけで、こわくてたまらなかった。……ただ旅をしてるだけでも、こわくてこわくて、頭がどうにかなりそうだった。死ぬのはこわい……ふるえがくるくらいに。

 恋を取り上げられるなんて……かなしいに決まってる……死ぬよりつらいよ……。……なんで、どうして自分だけって、あたしだって思うはず……。泣くし、おこるよ、ふざけんなって、なんであたしなんだって。……あたしがあんたと同じ目にってたら……もしかしたら、あたしはあんたと違って、たりに世界せかい滅茶苦茶めちゃくちゃにしたかもしれない。誰かをすくうなんてこと考えもしないで、やりたい放題ほうだいしたかもしれない。……それくらいいかくるうと思う。だから、あんたはまだマシなのかも。あたしにくらべたらね。

 そう考えるとあんたのやってることは、当然とうぜんのことなんじゃないかって思えてくる。なかさかえさせて、誰かを助けて、命をすくって。……あたしの命なんてやすいものじゃないかって言われたら、多分たぶんそうなんだろうと思う……」


 ミュートの声はしりすぼみなっていった。オルダはるようにミュートを見詰みつめている。言葉をはかりかねるというように困惑こんわくして、泣き出しそうで、おこり出しそうでもある、そんな決壊けっかいしそうな表情ひょうじょうだ。

 ミュートは力強く、だけど優しい声色こわいろのまま、話を再開さいかいした。


「だけどさ……だけど、誰かを助けても、たとえ命をすくっても、その人の権利けんりまではもらえないんだよ。……ただ、少しの感謝かんしゃと少しの自己満足じこまんぞく、それだけだよ……られるのは。それ以上はのぞんじゃいけないんだよ。それ以上をのぞんでしまったら、それはもうさ、あんたを殺した人たちと、同じことをやってることになる。いくら人を助けてもさ、うばった命はチャラにはならないんだよ。その責任せきにんはどうやったって消せない。

 誰かを助けることだってさ、それは助けるがわ責任せきにんなんだよ。誰かを助けるのに理由りゆうもとめちゃいけないんだよ。偽善ぎぜんだろうと罪滅つみほろぼしだろうと関係ない。たとえ本物の善意ぜんいにだって、あとから理由りゆう条件じょうけんをくっ付けちゃいけない。

 あんたは世界中せかいじゅうの人たちの恩人おんじんだよ。世界せかいに幸せをいて、世界せかいをすばらしいものに変えてくれた。

 ……あたしたちはここまで旅をして来た。たったいくつかの町を回ったにぎないけど、いろんな人がいて、いろんな思いがあって、どこも喜びや悲しみにあふれてた。

 ……あんたがいなければ、世界せかいはもっとひどいものだったんだろうね。えとまずしさにえられず、あたしたちは今頃いまごろ世界中せかいじゅうで殺し合いをしていたかもしれない。喜ぶことも、悲しむ余裕よゆうすらなく、たくさんの人が死ぬ世界せかい。それにくらべたら、本当にすばらしい世界せかいだよ。

 ……でもそのことと、人の命をうばうことを一緒いっしょにしちゃだめだよ。そんなことしてたらいつか、この世界せかいも、あんたの心も滅茶苦茶めちゃくちゃになっちゃうよ」


「…………そ、そんな目で見ないでよ。……私はあなたの命をうばって、殺そうとしてるんだよ? な、なんでそんな目で見るの……? やめてよ……」


「受け入れなきゃだめだよ。こわいのは分かる。いじめられたこと、殺されたこと、ねがいを取り上げられてしまったこと、命をうばってしまったこと。げたいくらいこわいのは分かる。……げるのも仕方ない……先延さきのばしにしちゃうのも分かる。でもさ、人の命を使ってまでげちゃだめ」


「……なんでそんなこと言うの。なによ……。善人ぜんにんぶって、他人事たにんごとだと思って、偽善者ぎぜんしゃ善人面ぜんにんづらして……そんな目で見ないでよ……」


「いいよ、偽善ぎぜんでもなんでも。あんたのことあたしはもうさ、この目でしか見れない。おねがい、あたしたちからげないで。あたしはゆるすって約束やくそくするよ、命を返してくれたら。あたしはあんたをゆるすよ。……だからこわがらないで」


「……馬鹿ばかなこと言わないで、そんなのできるわけない。こ、殺そうとしたんだよ、私はあなたを。実際じっさいあなたは死に掛けてるんだよ、今死んだっておかしくないんだよ? ……そ、それに、わ、わ、私はたりみたいに、あなたの恋人の身体をうばって、恋のできない身体に変えたんだよ? 分かってるのあなた……? 自分がなに言ってるか分かる? 死に掛けて、お、おかしくなっちゃったの? そうなんでしょ?」


「違うよ。おかしくなんてなってない。あたしの頭はまれてから今までで、一番いちばんえてる。自分の心の奥が硝子がらすみたいにけて見える。あたしは分かる、あたしはあんたをゆるせるよ」


 オルダは、子供のするように首を横に振り、数歩すうほ後退あとずさりした。


「……いやだ、そんなのいやだ。ゆるす? 受け入れろ? いやだよ。……無理むりだよ、今更いまさら一体いったい何人なんにん、殺してきたと思ってるのよ。もう、後戻あともどりなんて、できるわけないよ。みとめろっての? ……あんなのが私のおやだって……いやいや……きらい……私はその関係性かんけいせいいや……気持ち悪い、気味きみが悪い……やめてよ、私をこまらせないで……そうだよ、植物しょくぶつだよ、私に意思いしなんてない……うう……私はほか植物しょくぶつが、す、好き……わ私はた太陽たいようを……あ、びるのがす好き……私はもう、ありのままを受け入れている……あなたのこと、私はきらいじゃないよ、……だけど、私、あなたとの関係性かんけいせいが好きじゃない……その関係性かんけいせいきらい……大嫌だいきらい……いやなんだよ」


「……あんたは植物しょくぶつなんかじゃない、あんたは女の子だよ、あたしと同じだよ、あたしと同じただの女の子だよ」


「……は、ふふ、私は耳をふさぐのが好き、私は目隠めかくしが大好き、うふ……えへへ……聞こえない、聞かない、見ない見えない……私はただばすだけ、わわ私は、私は、ほか植物しょくぶつが大好き、その中身なかみをすするのが好き、あなたの中身なかみが大好き、私は太陽たいようびるのが好き……は? そうだよ、私は太陽たいようびるのが好き、はあ? 私は人間にんげんじゃない、私は動物どうぶつじゃない……は? 私はほか植物しょくぶつからませてい込ませてその中身なかみをすするのが好き好き大好き、だって、私は植物しょくぶつだからそれが私の愛だから、恋だもの、私のしたはあなたのしたが大好き、愛におぼれたい、植物しょくぶつの愛に。あなただってそうでしょ? 分かるよ、分かる、ただずかしいんだよね? ……ふふ、大人のキスを教えてあげる。ふたりでひとつになって永遠えいえんきよう? 植物しょくぶつのキスを教えてあげる。あは、はは、……私は太陽たいようびるのが好き……私は大好き……。

 あなたの恋人を、あなたの目の前で殺してあげる……私が殺す……あなたがそれを見る……私はその関係性かんけいせいが好き……あなたも好きなはず、同じなんだもん、あなたは目の前で恋人を殺されるのがきらいじゃない……そうだよね? 私はもう人間にんげんじゃない、魔女だよ、人殺ひとごろしだよ、吸血鬼きゅうけつきだよ、植物しょくぶつだよ、女の子はとうの昔に卒業そつぎょうしたの……私は怪物かいぶつだよ……人をべるおにだよ……私は悪魔あくまだよ……人の不幸ふこうが好きで好きでたまらない。げないで? げるよ、もちろん。……つかまえてごらん。……ほら、ここだよ。……ものせようなんてこと、まったくの無駄むだなんだよ……おねがいなんか聞かない……私に言うことを聞かせたいなら、私をいたぶって痛め付けて、無理矢理むりやり、首を振らせなよ。……あなたたちは無理矢理むりやりするのが好き。……私は無理矢理むりやりされるのが好き。……私はその関係性かんけいせいが大好き。

 あなたたちはほうって置いても、もうすぐ勝手かってに死ぬ。だから別にさ、相手なんかしなくてもいいんだけど。……いいよ、あそんであげる。おにごっこしようよ。げる方もおになんてね。おにうんだもの、殺す気で掛かった方がいいよ。……じゃなきゃあ、すぐにでも殺しちゃう。めて、宝石ほうせきに変えてあげる」


 オルダはひとみ爛々らんらんかがやかせると、僕たちに向かって右手のひらをかざした。その瞬間しゅんかんオルダの周囲しゅういに大量の結晶けっしょう出現しゅつげんし、すさまじいスピードでこっちに飛んで来た。ミュートは子猫こねこ両手りょうていていたせいか、とっさに反応はんのうできずにいた。僕はミュートにけ寄り、き付いて、そのまま地面に押したおした。

 背中にするどい痛みが走り、僕は思わずミュートを力一杯ちからいっぱいげてしまう。


「……うえ……ぐ、ぐぐ……ぐえ……つぶれる……は……はなし、て……」


 ミュートはひざを使って、僕を何度なんどもガンガンとってきた。らず僕はミュートをはなした。背中と、られた太股ふとももきずの、あまりの痛さに僕は起き上がれなかった。


おにさんこちら、つかまえてごらん、できるものならね! 言ったからね私。言った。言ったよ! たしかに言った! 殺しちゃう。殺しちゃう! 殺しちゃう!!」


 オルダはゲラゲラとくるったように笑った。けたたましい笑い声、軽い足音、よろいきしみが近付いてくる。それでも僕は頭をげるのが精一杯せいいっぱいだった。


 ミュートは魔石をかまえる。だけどその瞬間しゅんかんあたりに閃光せんこうが走り、すくむほどの音が鳴った。ハックが稲妻いなづまを起こしたんだ。光の残像ざんぞうに、一瞬いっしゅん視界しかいうばわれる。2人の足音と、オルダの笑い声がすぐ近くをとおり、遠ざかっていった。


 音の向かった先に目をると、2人はほたるの光にみ込まれるように、走り去っていった。オルダの笑い声が、遠ざかり、消えていく。僕は立ちがれもしないのに、2人の消えた方に右手を伸ばした。こうには、頭のなくなったほたるまっていて、くるったように身体をひからせていた。

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