実際じっさいのところ」


 今までの発作ほっさうそのように、魔女の声はひどく落ち着いていた。


「あなたたちには本当に申し訳ないと思ってる。だけど私は永遠に生きなければいけないの。……いけなくはないか。きたいの。きるつもり。永遠にきたい」


「え、永遠?」


 ミュートは頓狂とんきょうな声で言った。魔女はゆっくりと身を起こすと、地面に脚を投げ出して、僕たちをぼんやりとながめた。


「うん。私は永遠にきる。パパとママのところへなんて行きたくない。もう絶対ぜったいに会いたくない。パパとママは絶対ぜったい地獄じごくに落ちたはず。むすめを殺したんだもん……いや、違う、むすめをあんな顔しながら殺したんだもん、絶対ぜったい地獄じごくき。……私もさ、絶対ぜったい地獄じごくきだから。……見て、そこに2人の女の子がいるでしょ?」


 魔女の視線しせんの先には、先ほど僕たちが見ていた2人の少女がいた。


「右の子はシャル、左の子はフリエ。……親友しんゆうだったんだ。小さな頃から仲良しでさ、いつも3人でいた。……私が死ぬのを悲しんでくれたのは、シャルとフリエだけだった。それなのに私は……そんな2人を殺しちゃった……友達ともだちをこんなにして……2人はなにも悪くないのに……ごめんね、ごめん、本当に……ごめん……間違いない……友達をこんなふうにした私は、絶対ぜったい地獄じごくきだ……死んでも2人には会えない……」


「……ねえ、聞いてもいいかな」


 僕の言葉に魔女は小さくうなずきを返した。


「どうして、2人は……ううん、どうしてこのあたりは、こんなふうになったの?」


「……私がやったんだよ。あなに投げ落とされて、私は頭からあなそこたたき付けられた。その瞬間しゅんかん、私の意識は大きく広がったの。あなちていた光全体に、私の意識や感覚は広がっていった。私は見た、れた、いだ、聴いた、味わった。自分の首がれて、自分の頭がれて、血が流れるのを。自分のたましいが流れ出るのを味わった。鉄のにおいがした。頭がつぶれても、あんなにぶるぶる痙攣けいれんして。心臓は滅茶苦茶めちゃくちゃ鼓動こどうしていた。

 ……自分の死を、自分が死んでいくのを感じるうちに……いかりが込み上げてきた。……痛み、恐怖きょうふ理不尽りふじん仕打しうち、パパとママに殺されたこと……それだけじゃない……まれてから今までの、すべてのいかりが、込み上げてきた……転んでひざいたこと、友達ともだち喧嘩けんかしたこと、一等賞いっとうしょうになれなかったこと、そんな些細ささいなことに殺されたことと同じくらいはらが立った。そればかりか、ほかの誰かのいかりさえ感じた、大勢おおぜいの知らない誰かのいかり。

 ……私の死体はね、そのすべてのいかりと光をみ込んだの。そして私は魔女としてよみがえった。だけど、そこで私のいかりは爆発ばくはつした。のろって、うらんで、わめいて、さけんだ。頭がしびれて、我をわすれて、気が付いたら私は、硝子がらすうえすわっていた、硝子がらすそこにいた。大穴おおあんあも、村も、人も、なにもかもが硝子がらすに変わっていた。

 ……私がやったんだよ、私は人殺しだよ、もとから人殺しの血が流れているんだもん、名実めいじつともに人殺しだよ、完璧かんぺきじゃん……ふふ……ふふ……ははははは……こんなことしたのに……まだ……ゆるせない……まだまだゆるせない、全然ぜんぜんゆるせないの……私を殺したパパとママ……見殺みごろしにしたやつら……自分自身のことだってゆるせない、わすれない、ゆるせない、わすれない、言われた言葉を、かれた言葉を……。私は絶対ぜったいわすれない。村のやつらのこと。泣いてくれた友達ともだちのこと。自分で殺した友達ともだちのこと。パパとママへのにくしみを、ずっと覚えていてやるの。私は永遠に生きて、一生いっしょうわすれない。死にたくない……きていたい……私は永遠にきなければいけない。

 ……もう死ぬのはいやなんだよ。あんなにこわいのはもういやなんだよ。だから、あなたたちのおねがいは聞けない。もし、がらないなら、本当に今度こそ、全部ぜんぶってあげる。2人仲良く、宝石ほうせきにしてあげる。本当に次は殺すよ。申し訳ないけど、殺すから。あんなに忠告ちゅうこくしたのに、こんなに忠告ちゅうこくしたよ。だからもう容赦ようしゃしない」


 しゃべうちに、魔女の目に力が宿やどっていった。しいたげられた女の子の顔が、不敵ふてき不遜ふそんな魔女の顔へと変わっていく。あざけるようなさげすむような、残酷ざんこくみ。過去の町の時と同じような、殺意さついにぎらつく吸血鬼きゅうけつきの目だ。魔女がゆっくりと立ち上がると、まっていたほたるたちが、るように飛び立った。ぼんやりとした光が消え、魔女の挑発的ちょうはつてきな表情がさらされた。首をかたむけ、口角こうかくを少し持ち上げ、笑っていた。


「サンデーの身体だけでも返してよ。なんなら……あたしののこりの命をし出したっていい」


馬鹿ばかなこと言わないでよ、ミュート」


 僕は強い口調くちょうで言った。だけどミュートはどうじず、まるで射殺いころすような目付きで僕を一瞥いちべつした。


いやだよ」


 魔女はさも可笑おかしそうに言った。


何故なぜ? あんたの命にはかかわりないでしょ?」


絶対ぜったいいや。だってもとのサンデーくん滅茶苦茶めちゃくちゃなんだもん。全然ぜんぜんいきらめないし、命をててまでせまって来るのだもの、こわいったらないわ。それにほら、今のサンデーくんおこってるよ。ねー?」


 魔女は悪戯いたずらっぽいみを向けてきた。くやしいけどそのとおりだから、僕はうなずきを返した。するとミュートは、人殺しのような目付きで僕をにらみ付けた。それを見て魔女はカラカラと笑った。


「……ずいぶん仲がいいのね。いちゃうわ」


なに言ってんの。あんたにもいるじゃん、相方あいかたが」


「ふふ、まぁね、だけど私、恋をしたことないんだ、一度いちどもさ」


「……どういうこと?」


寿命じゅみょうびて、こんな力を手に入れたわりなのか知らないけど、恋のできない身体になってしまったの」


「……恋ができない?」


「そう。祝福しゅくふくなのかのろいなのか、理屈りくつもさっぱり分からない。どうやってももとに戻せないのよ。本当、なんでなんだろ、不思議すぎて、なにがなんだか、もうわけが分かんない」


 表情をくもらせる魔女に、ハックが軽い口調くちょうで声を掛ける。


精神せいしん年齢ねんれいが低くなったからじゃないか」


「う、うるさいな」


 ハックをにらむ魔女の顔は、なんだかものすごくミュートにていた。まったく違う顔なのにどうしてだろう。なんでか知らないけど目があつくなって、オルダの顔からを離せなくなった。


「……だからうらやましいわ。恋人と愛し合って。子供をんで。2人でそだてて。してみたかったよ。一番いちばんやりたかったことだったのに。こんな力なんてらなかったのに。なんで私だったんだろう。この子孫しそんのこせず、好きな人と愛し合うこともできず、それで、ただきて満足まんぞくしろっての?

 子供を好きで作らない人もいるし、孤独こどくを選ぶ人もいるでしょうけど……私は違う! したくてしたくてたまらなかった! ……そうだよ、当然とうぜんだよ。そうするしかないじゃん。なにがいけないの? 命のバトンをわたせないなら、自分がきるしかないじゃん。……それしかないじゃん。不公平ふこうへいだよ、不条理ふじょうりだよ。……なんで私だけ……。

 ……はは、思えば、は、はは、あなたたちもおんなじだね。よろいと人は恋なんかできないもん、はは、いい気味きみ……ふふ……」


 オルダの口調くちょうは、僕たちの精神せいしん逆撫さかなでしようと精一杯せいいっぱい悪意あくいを込めているように感じた。でもその表情ひょうじょう自己嫌悪じこけんおゆがんでいるようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る